
年半ばに実施される減税と給付を考える
VOL.1 国民全員に一律支給型政策の有効性
このコーナーは、『HR AGE』編集長の中久保佑樹(株式会社ヒューマネージ)が、雇用のカリスマ・海老原嗣生氏の胸を借り、世間一般で言われる雇用問題について、何が正しいのかをテーマごとに集中連載で解き明かして行きます(ヒューマネージ代表・齋藤亮三も同席)。節々に人事・雇用に必要な基礎知識を盛り込み、ニュース解説のようにご覧いただけて、かつ経営・人事に必要な“眼”につながる記事を目指しました。多少の脱線はありますが、私自身、このハードな筋トレのような集中連載を通じて、データ、事例、政策、法律…世界や歴史を見渡した本物の知識を身につけていきたいと思います。人事の皆さまにとって、少しでもお役にたてば幸いです。
岸田政権の命運を左右する?
中久保:しっかし、岸田政権には失望しました。
齋藤:2023年暮れから風雲急を告げる感じだものな。
中久保:岸田さん自体は悪くはないと思いますよ。ただ、後手に回った感は否めません。
齋藤:ま、大金が絡むだけに、慎重にいかざるを得ないだろう。
中久保:何が大金ですか?!あんなもん、はした金でしょう。あっという間に使い尽くしますよ。
齋藤:中久保、えらい威勢がいいなぁ。
中久保:そりゃそうです、我が家には差し迫った問題ですから。
齋藤:…何の話?
海老原:(笑)齋藤さん、中久保は政治資金問題を話してるんじゃありませんよ。彼は、昨年10月に決まった一人当たり4万円ももらえる所得税減税 のことを言ってるんです。
中久保:うちで言えば、妻と子供合わせて16万円ももらえるんですよ!ところが、6月以降、天引きされる税金と相殺する形で支給なんて、遅すぎるし、もらった気もしません!
齋藤:ハァ…
景気対策としての一律給付は有効か
齋藤:気を取り直して聞きますが、こんなバラマキ型の不況対策って本当に意味はあるんでしょうか?
海老原:そうなんです。戦後の日本では、小渕政権時代に高齢者に2万円ずつ給付されたのが始まりです。その後、麻生政権時代には全国民に1万2000円(子どもと高齢者は2万円)と、対象者を拡大して実施しています。でも事後調査で調べる限り、使われたのは給付額の3割程度で、大半が貯蓄に回っていました。
中久保:うーん、でもですよ。現金ではなく、商品券のような形で給付すれば、使わざるを得ないんじゃありませんか。
海老原:いやいや、小渕政権時代は地域振興券という形で、「地元でのみ使える券」として配布したんだ。それでも使われなかった。
齋藤:期限付きにすれば使用されるとも言われますが、結局、お肉や野菜、洗剤といった日用品の購入に充てられ、それで浮いたお金が貯蓄に回る、ということだったんですよね。それも、子育て世帯や高齢者など、お金がかかる世帯に重点配分したのに、それでもだめだったわけでしょう。裕福な家庭まで含めた一律支給は意義が薄いように思えます。
春闘で大幅賃上げ、円安でボーナスUP、そこに減税給付…
中久保:うーん…お二人はお金持ちだからそんな風に言いますよ。でも僕は断じて欲しい!たとえば、肉や野菜などに回らないような、家電とか自動車とかそういう非日常用に使い道を限定したらどうですか?
齋藤:それももうやってるんだよ。エコポイントなどと呼ばれて家電購入を支援する施策や、同様に、燃費が良い車や電気自動車への購入補助など。不況とエコを組み合わせてさんざん実施してきた。
海老原:確かにそうした購入サポートがあれば、家電も車もよく売れます。ただし一度買ったら、もうしばらくは買わないじゃない。つまり、支援策をやっている間に皆、買い替えを早めて、その後は何年も買わないという「消費の先食い」が起きるんだ。だから、景気対策としては妙手とは言われていなくて。
中久保:ただ、今回は少し違ってて、物価高騰の中で生活費が苦しいから支給するという話じゃないですか。今までの物価が上がらない中でのバラマキとは異なりませんか?
齋藤:確かにそれは一理あるかもしれないね。とにかく、日用品の値上がりが半端ないから。
海老原:多少の効果はあるでしょうね。ただ、給与は物価上昇の後追いで上がるんですよ。今回の春闘でも昨年を上回る規模で、ここ30年来最大の上げ幅となりそうでしょ?6月には昇給分が4月から遡って一気に3か月も支給されます。しかも、円安で企業業績は絶好調だから夏のボーナスも期待できそう。そこに減税が重なると、やはり「貯蓄」に向かうのでは…。
中久保:んじゃあ、何にもしない方がいいんですかっ?!
海老原:比較的波及効果が大きいと言われたのが、「全国旅行支援」だよね。
齋藤:車や家電と違って、旅行なら何度でも行けますしね。
海老原:そうなんです。その上、宿泊・飲食・娯楽と対象も広い。さらに、支援額だけでは足りないから、当然、自腹も切る。そんな感じで、投下費用の3倍程度、経済波及効果があったと言われています。
中久保:わかりました。では、旅行支援でバラマキを!
齋藤:あれは、コロナ禍で政府が人の移動を自粛させ、その煽りで旅行業界や地方が疲弊した、その補償も兼ねた政策だから。そういった理由なく、旅行関連業界ばかりを支援できんだろう。
中久保:け、結局、お二人は、国が我が家の生活を支援するのに反対するわけですね!
海老原:いやいやいや、まずは、支援される前にしっかり税金を払ってから言おう(笑)
もらう側の国民に慎重論が多いという皮肉
齋藤:ちょうど良いので少し考えたいのですが。最近とみに、国民も政府も、こうした「お金の給付」型政策に慣れて、当たり前感が強くなりすぎている気がします。
海老原:そうですよね。25年前に小渕さんが地域振興券をやった時、対象は全国民の4人に1人、額は一人2万と、今よりはるかに小さい投資額だったのに、大きくもめました。その10年後の麻生さんの時は、全国民対象になりましたが、額は1万2000円に下げています。それが、4年前のコロナ禍に特別定額給付金という形で10万円に跳ね上がりました。ただ、それでも配られたのは「世帯主」のみであり、その対象は日本在住者の半分程度です。
齋藤:あの時はコロナで生活が疲弊していたという事情もありました。今回は、全国民に4万円ずつ給付し、加えて低所得世帯には拡充策を用意するのだから、かなり「異次元」ですね。
海老原:行政側は「慣れで感覚が麻痺」しているきらいはあるでしょう。でも、国民はけっこう冷静ですよ。大手マスコミの世論調査では、この定額減税=定額給付に疑問を示す割合が軒並み7割にもなっていますから。
一律支給が近年のインフレ猛威を招いた
中久保:あー、完全に外堀を埋められてしまった…。じゃ、海外ではどうなんですか。
海老原:EUは福祉や社会保障が充実しているけれど、こうしたバラマキは、なかなか難しいんだよね。EUでは加盟国に対する財政規律要件として、財政赤字をGDP比3%以内に抑えるよう定めているからさ。アメリカの場合は、総じていうなら、共和党はバラマキせず、その分、税金も安くするという「小さな政府」派。一方、民主党は給付を充実させ、その分税金もたくさん取るという「大きな政府」派。民主党政権であるバイデン大統領は、コロナ禍後半でも、一律給付を複数回行いました。ただ、こちらの事後調査では、消費に回ったのはそのうちの2割程度で、8割が貯蓄や投資に向かったとされています。
齋藤:それがビットコインのバブルを生み、のみならず、インフレ率を急上昇させ、この数年の金融・経済混乱につながったわけですね。
海老原:結局、必要な人に必要な額を渡すのなら意味はありますが、一律給付は意義が薄いと振り返れそうです。生活が苦しい世帯や苦境の企業に絞って、素早く給付を行うのが得策であり、そのためにも、マイナンバーカードやインボイスは重要でしょう。
中久保:マイナカードの取得キャンペーンは良かった。一人2万ポイントももらえましたから。うちは子供が15歳未満だったので、その分も親の私が総取りできました。もちろん、マイナポイント利用規約(第5条)にしたがい、法律的には全く問題なく処理していますよ。
海老原:なんか、秘書答弁のような周到さ(;^ω^)。


中久保:バラマキ施策、思い返せばいろいろなものがあったんですね
齋藤:給付だけではなく、ガソリン代や電気代の補助なんてのもあるな
中久保:海老原さんは一律支給は適さないと言ってましたが、我が家は4人家族なので、一律支給だとなんだかお得感があります。条件付きでまた支給されないでしょうか!
齋藤:そうだな……中久保以外という条件付きで支給かもな(笑)
中久保:そ、そんなぁ!!!
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