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リスキリング政策から考える“人材育成の基本法則”
VOL.1  “1兆円”の政策投資は、「かつて来た道」

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海老原 嗣生

雇用のカリスマ(ヒューマネージ社顧問)

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中久保 佑樹

ヒューマネージ 『HR AGE』編集長

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海老原 嗣生

雇用のカリスマ
(ヒューマネージ社顧問)

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中久保 佑樹

ヒューマネージ
『HR AGE』編集長

このコーナーは、『HR AGE』編集長の中久保佑樹(株式会社ヒューマネージ)が、雇用のカリスマ・海老原嗣生氏の胸を借り、世間一般で言われる雇用問題について、何が正しいのかをテーマごとに集中連載で解き明かして行きます(ヒューマネージ代表・齋藤亮三も同席)。節々に人事・雇用に必要な基礎知識を盛り込み、ニュース解説のようにご覧いただけて、かつ経営・人事に必要な“眼”につながる記事を目指しました。多少の脱線はありますが、私自身、このハードな筋トレのような集中連載を通じて、データ、事例、政策、法律…世界や歴史を見渡した本物の知識を身につけていきたいと思います。人事の皆さまにとって、少しでもお役にたてば幸いです。

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齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

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齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

それ、大きな誤り!

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基本にあるのは欧州の人材育成投資。ところが…

中久保:岸田首相、ずいぶん太っ腹ですねぇ。リスキリングに5年で1兆円ですって。仕事の傍らの「学び直し」を積極支援かぁ。素人の私でもIT勉強して、DX人材になれば、一挙に給与2倍とかありますかね。

海老原:君も懲りん人だなぁ。今だってヒューマネージは、ITパスポートやウェブ解析士など、サイバー関連の資格取得支援は充実してるだろ。異動希望制度もあるから、その気になりゃ、IT部署に移って腕を磨くこともできるだろうし。

中久保:いやいや、その前に、技術取得したらどれくらい昇給するか、ですよ。大きなインセンティブがなければ、やる気も起こらないのが道理です。

海老原:齋藤さん、どう思います?

齋藤:まあまあ、中久保の話は置いておいて。私も実は気になっていたのですよ。わが社もおっしゃる通り支援策を揃え、社員の自発的学習を促進したいと思っています。ただ、確かにやる気のある人はそれでグングン腕を伸ばしますが、意欲のない人は、いくら制度を整えても、あまり成果が上がらないような気がしていて。

海老原:いつもながら鋭いですねぇ。そうなんです。元々、こうした自発的継続学習は欧州で制度が整っています。前シリーズでお話しした通り、欧州では「職業資格」で給与や就職が決まってしまいますね。だから、継続学習により、自分の保有資格のレベルを上げていけるような制度が国家的に作られています。有名なのがドイツのマイスター資格ですが、フランスでもRNCP(全国職業資格総覧)なんて資格体系が出来上がっています。

齋藤:今回のリスキリングもその辺りをベンチマークしているんでしょうね。

海老原:はい。大体こういう話は、欧州に詳しい研究者や国際機関帰りの官僚などから始まることが多いですね。そして、あちらの国の「人材の高度教育」成功事例などが語られる。ただし、大きな瑕疵があるんです。それは、「勉強する人はますます資格を上げ、そうでない人との差が開く」。まさに、齋藤さんの指摘した通り。

齋藤:中久保、よくわかったろ。「やりたい」人をさらに伸ばす制度だと。

中久保:だからその「やりたい」気持ちを高めるために、まずは昇給の約束を。

海老原:金銭欲は見上げたもんだ(苦笑)

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ボトムアップか、トリクルダウンか

齋藤:でも、「やる気のある人ばかり伸びる」でいいんですかねぇ。

海老原:いや、確かに欧州でも基本は、弱者・貧者救済が名目になっているのですが、たとえば、名城大学の五十畑浩平先生に頂いた資料だと、フランスの公的支援機関の場合、下級職の人が新たに資格を取得したとしても、その98%が下級職への資格転換でしかありません。

齋藤:一方で、能力ある人はさらに高い職域に上がっていく、と。

海老原:そこ、日本と違う割り切りがありそうですね。結局、やる気と能力にあふれた人がさらに高みに上り、そうして社会全体が裕福になることで、一般層はそのおこぼれに預かるという社会構造を、良しとするか否か。

齋藤:そういう話って、いわゆる、アメリカの新自由主義者あたりが良く使う「トリクルダウン」理論(富裕者がさらに裕福になると、低所得層にも徐々に富が浸透するとする経済理論) ですよね。欧州でもそうなんですか?

海老原:思想は異なりますが、結局そうなりますよね。ただ、この「トップエクステンション」型の施策の方が、効果は見え易いようで。たとえば欧米では、アマゾンの配達員も、スーパーのレジ打ちも時給2500円くらいをもらっています。別に、彼らの能力が日本の同職の人よりも優れているわけではありませんよね。時間通りの配達とか、レジ打ちの速さはむしろ日本の方が上かも知れません。でも、給与は高い。

齋藤:欧州のスーパーとかでは、レジ打ちしながら携帯で話している店員さんとかも見かけますよね。高給なのは、技能レベルの差ではありません。

海老原:日本はボトムアップ型で全員に支援の手を差し伸べるじゃないですか。政策も、広く多くの人に、投網的に教育支援を行う手法が、ずいぶん長くとられて来たのは、記憶にあるでしょう。

齋藤:そうですねぇ。バブル後遺症が深刻になった90年代後半から大判振る舞いだったのが思い出されます。通信教育とか自己啓発関連が、ものすごく安く通えました。

海老原:1997年に教育訓練給付金が創設され、当時は余資が潤沢だった雇用保険特別会計から、年間1000億円単位で、スキルアップのための自主的な学習を支援してきました。これ、まさに全方位型で、趣味の習い事にいそしむ人もいましたが、一方で、語学や会計、ITスキルやWebデザイン、CADなど、有用性の高い講座を受講する人たちも多々いました。そうして、合計もう数兆円が投資されています。それでも、働く人の給与は、この間20数年、上がっていませんよね。

齋藤:ここ数年も何かと社会人教育向けの旗振りがありました。特にIT関連とか。

海老原:そう、自己啓発→リカレント→学び直し→リスキリングと言葉は変わったのですが、語学・IT・会計系を中心に、連綿と社会人教育支援が続いて来たんです。でも、やはり日本の給与は上がりませんでした。

的を絞った“重点特化策”こそ今の日本には必要

齋藤:私は、全方位でボトムアップ型の支援を行うことも重要と考えています。それよりも海老原さんは、一部の優秀者のみを対象にしたトップエクステンションが良いと、考えます?

海老原:「優秀者のみ」という言葉は私も好きにはなれません。そうではなくて、「必要とされるところ」に、効率的にリソース配分すると言い換えてはいかがでしょう。たとえばですね、今の世の中、機電系(機械・電気電子・情報)の人材が全く足りていないのは、火を見るより明らかです。としたら、機電系学部の学費を全て公費負担にするのはどうでしょう。
多くの理系大学は、物理・化学・数学で受験が可能です。化学に行こうか機械に行こうか、と悩んでいる高校生にとって、「機電系は学費無料」というのは大きいですよ。投網的な施策よりも、こういう風に、対象を絞って強烈な政策を打つという新機軸を、そろそろ政府も打ち出すべきと思っています。

齋藤:うーん、経営者としても耳が痛いところですが。いまだに日本は、「一部の誰かが得をする」というのを嫌がる風潮がありますし。また、そういう優遇策を取ると、損をする人たちも出てしまうでしょう。たとえば、機電系優遇策をとったら、理工系でその他の学科は、生徒獲得に窮して、研究活動に齟齬が生じたりしますよね。だから会社でも国でも、大胆な方針が打ち出しにくいとは思うんです。

海老原:確かにそうですね。だから批判を怖れて尻込み…というより、私は二の矢三の矢で公平性を担保すれば良いかとも思うんです。たとえば、国公立の理工学部に女性優遇枠を設けて、女子学生の理系進学を促進したらどうでしょう。元々、理系でも化学や生物、食品などは女性志望者が多いから、さらに女性枠を大きくとって、リケジョをどんどん増やす。そうした穴埋め策を打ってでも、「薄く広く」よりも、「効果的に」を考えたいと思うんです。

齋藤:インドでは差別されてきた下層カーストに大学優遇枠を設けています。そうやって、アンコンシャスバイアスに対抗する政策を打つのは良さそうですね。

中久保:あのう…、私のDX人材化で給料倍増の話はどうなったんですか…。

齋藤:わが社も、的を絞った効果的支援に力を入れよう!中久保は彼らに引っ張られてトリクルダウンするのを待ちなさい。

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中久保:リスキリングの波がわが社にも来ていると思ったんだけどなぁ

齋藤:もちろん、「的を絞った支援施策」には力をいれていくよ!

中久保:「学び直し」とそれに伴う「給与体系の見直し」もですね…!二の矢、三の矢を考えて

齋藤:二の矢三の矢よりもまず、中久保の貪欲さを見直さないとな

中久保:「やりたい」気持ちを高める昇給の見直しをお願いします

齋藤:昇給の話は人一倍やる気だな(苦笑)

shincho