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「日本の賃上げ祭り」を斬る!
VOL.2 安い日本の正体

ebihara

海老原 嗣生

雇用のカリスマ(ヒューマネージ社顧問)

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中久保 佑樹

ヒューマネージ 『HR AGE』編集長

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海老原 嗣生

雇用のカリスマ
(ヒューマネージ社顧問)

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中久保 佑樹

ヒューマネージ
『HR AGE』編集長

このコーナーは、『HR AGE』編集長の中久保佑樹(株式会社ヒューマネージ)が、雇用のカリスマ・海老原嗣生氏の胸を借り、世間一般で言われる雇用問題について、何が正しいのかをテーマごとに集中連載で解き明かして行きます(ヒューマネージ代表・齋藤亮三も同席)。節々に人事・雇用に必要な基礎知識を盛り込み、ニュース解説のようにご覧いただけて、かつ経営・人事に必要な“眼”につながる記事を目指しました。多少の脱線はありますが、私自身、このハードな筋トレのような集中連載を通じて、データ、事例、政策、法律…世界や歴史を見渡した本物の知識を身につけていきたいと思います。人事の皆さまにとって、少しでもお役にたてば幸いです。

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齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

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齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

それ、大きな誤り!

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円安で生活困難。一方で多くの企業が史上最高益

中久保:あー、しっかし、ひどいなあ。マックでハンバーガー買ったら170円ですよ。ちょっと前100円だったのに、もう2倍近くになってる。100円マックなんて死語ですわ。

海老原:マックの商品の値段はほんとによく世相を表してるよなあ。1995年には、ハンバーガー1個59円まで下がったことがあったんだ。当時、ビックマックは190円。今のハンバーガーの値段とほぼおんなじさ。

<p style="text-align:right">出典:2023年1月16日  CBCテレビ</p>

出典:2023年1月16日  CBCテレビ

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出典:2023年1月16日  CBCテレビ 

中久保:それもこれも、円安がいけないんですよね。10年前1$80円のころなら、アメリカで1$のものが日本では80円で買えた。今は1$130円だから、130円になる。円安でこんなに生活が苦しくなるなんて。

海老原:円安なら輸入物の価格が高くなる。円高ならその逆。でもさ、海外から見ると当然その逆で、円安なら日本のものは安くなり、円高はその逆とわかるよね。たとえば、一泊8000円のホテルを考えてみよう。1$80円と130円で換算してみてな。

中久保:1$80円なら100$!130円だと61$!なんと、同じホテルなのに、ドル建てなら4割引きにもなってますね。

齋藤:当然、円安なら日本に旅行に来て、たくさん買い物する観光客が増えることになるよね。ちなみに円高が一番進んだ2011年は訪日観光客が600万人、対してコロナ前の2019年には3200万人、実に5倍にもインバウンド観光客は増えている。

中久保:円安で物価高になり苦しい苦しいと騒いでいるけど、産業的には円安ってけっこう心地いいわけですね。

海老原:観光や量販店だけでなく、製造や金融や不動産なんかもね。製造は工場の労働者の人件費がドル建てで見れば下がる。株や不動産も円安になればドル建てで大幅値下がりとなり、買いが増える。つまり、円安って生活は苦しくなるけど、ビジネス的には儲かる企業が多いんだ。

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「安い日本」の根源は為替レートにあり

中久保:この話、連載テーマの「日本の賃金」とどう関係します?

海老原:実はさ、各国の賃金水準を良く示す指標として、一人当たりの国民所得が用いられる。これ、2011年に日本は世界12位だったのが、2020年には24位、2022年には概算で30位に落ちたと言われている。

一人当たりのGDPのランキング|2020年と2022年(概算)の比較

出典:World Economic Outlook Databases

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一人当たりのGDPのランキング|
2020年と2022年(概算)の比較

出典:World Economic Outlook Databases

出典:World Economic Outlook Databases

中久保:「安い日本」の象徴ですね。まさにつるべ落とし。

海老原:なぜ、こんなに下がったと思う?

中久保:そりゃ、国力のダウン。少子高齢化や、変わらぬ日本型経営の問題などなど…。

海老原:いやいやいや。なら聞くけど何で2011年まで12位でいられたのよ。

中久保:確かに。それに、直近たった2年で6位も落ちたのも変ですよね。

海老原:種明かししよう。この指標はすべて、ドル換算で出している。なので、2011年は1$約80円、2020年は同110円、2022年は同135円程度で計算された。つまりね、ランクダウンの理由のほとんどは、「円安」のせいなんだ。

齋藤:仮に、現在1$80円だったとすると、順位は10位と2011年よりも上になり、2011年が1$135円だったとすると、やはり30位近くまで下がっていることになりますね。

中久保:ほんとに、為替レートで一喜一憂しているだけなんですね。

齋藤:私が総合商社にいた時代はさ、それこそまさに、為替レートで一喜一憂だったんだ。クライアントの要望で海外物資を調達するときは1円の円高に喜び、逆にクライアントの製品を輸出するときは、1円でも円安になるよう祈り。それだけ、為替は産業のキーだということですよね、海老原さん。

国際比較で給与ダウンなど起きない

海老原:そうですね。まさに、為替と生活は密着しています。中久保、日本の賃金は長い間、デフレのために上がらなかったじゃない。それで、国際的にも順位を落としたと言われてるけど。そもそもね、この話自体、良く考えるとおかしいことなんだ。

中久保:う~ん、至って正論に見えるのですが…。

海老原:デフレで賃金が上がらない。それはわかる。ただ仮に、物価がそれ以上に下がるとする。ならば、実質的な生活水準は上がることになるよね。たとえば昨日、お小遣いが100円だったとしよう。で、バナナも100円だ。つまり、バナナを買ったら1円も残らない。ところが今日、お小遣いが90円に下がった。

中久保:それは苦しい。今の日本だ。

海老原:でも、もし、バナナは80円に値下がりしてたらどうだ?バナナを買っても10円余るだろ。つまり、「賃上げ」したのと同じことになる。

中久保:確かに、生活水準って意味ではそうですよね。でも、他の国で賃金アップが続いていたら、他国から見たら、やっぱり日本は安月給な国と思われませんか?

海老原:でもその前にだよ、日本のみバナナが値下がりして80円で買えたら、どう思う?世界の人は、他国でなく日本でバナナを買って輸出しようとするだろう?

中久保:ま、輸送費とかかかんないという仮定ならそうですよね。

海老原:ただ、そんな日本でのみ物が売れるようなズルい状態を各国は許さない。そこで、起きるのが、為替調整さ。物価が下がるというのは、貨幣価値が上がるということだろ。同じお金で買えるものの量が増えるわけだから。

齋藤:そうしたら、その貨幣価値の上昇に比例する形で、円相場も上がる。つまり円高になる。それで調整されて、海外から見たバナナの値段は不変となる。

中久保:つまり、デフレは物価の下落=貨幣価値の上昇だから、円高につながると。

海老原:そう、それで気づいてほしいのが、日本人の給料。日本国内で見てたら全然上がってないけど、デフレなら基本は、円高になるので、ドル建てなど外貨に換算したら増額が起きる。結果、デフレでも、国際的な賃金水準は下がらないというのが正解なんだ。

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「安い日本」はアベノミクスの帰結

中久保:う~ん…なんか、昨今の「安い日本」叩きを見ていると、にわかには信じられない話なのですが…。

海老原:実際にさ、下のグラフを見てみてよ。ドル円の推移を示しているんだけど、2012年までは、デフレにより、どんどん円高になっていった。その間、先ほど示したように、所得水準も10位前後で高止まりしてたわけだ。これは、ここまでの話。ところが2013年以降、日本は諸外国に比べてデフレ状態のままなのに、円高ではなくものすごく円安になっている。つまり、この間の為替レートが「異常」であり、この「異常」が安い日本の原因だとわかるだろう。ちなみに、この時期の首相は誰で、どんな経済政策をとった?

ドル円レート長期推移(1971年3月末~2022年12月)

出典:ファイナンシャルスター ドル円為替レートの超長期推移(1971年~現在) (2023年3月閲覧)

出典:ファイナンシャルスター ドル円為替レートの超長期推移(1971年~現在) (2023年3月閲覧)

ドル円レート長期推移
(1971年3月末~2022年12月)

出典:ファイナンシャルスター ドル円為替レートの超長期推移(1971年~現在) (2023年3月閲覧)

出典:ファイナンシャルスター ドル円為替レートの超長期推移(1971年~現在) (2023年3月閲覧)

中久保:安倍さんで、アベノミクスですね。

海老原:そう。アベノミクスの金融緩和は、本質はちょっと違うんだけど、簡単に書けば、超低金利政策ともいえる。もしさ、アメリカに貯蓄すると金利が高くて、日本だと安いとしたら、君はどっちで預金をするかい?

中久保:そりゃ、アメリカですよね。

海老原:だとすれば、日本のお金はアメリカに流れるだろ。みんな、円を売ってドルを買おうとする。結果、円安ドル高になる。

齋藤:つまりアベノミクス政策は、実勢以上に円安ドル高を進めたことになりますよね。

中久保:「安い日本の正体」は為替=金融政策だったのですか。

SFとNYでは世帯収入が倍も異なるという事実

中久保:でもですよ、ものの本によると、サンフランシスコでは年収1200万円世帯が「貧しい」所得層になるなどという話も聞かれています。やはりアメリカは裕福なのではありませんか?

海老原:『安いニッポン 「価格」が示す停滞」(中藤玲 著・日本経済新聞出版)が出元(2019年データ)だよね。それは夫婦+子供二人世帯での話なんだけど、実はさ、全米100都市の中でサンフランシスコは突出して給与高で、常にサンノゼと1・2位を争っている状態なのだ。ちなみにね、物価高で有名なニューヨークだと、同じ条件の世帯年収は740万円、シカゴで700万円、ボルチモアで500万円、デトロイトが400万円となってるんだ(全て2019年為替レート)。ちなみに日本で同条件の世帯年収が700万円程度なので、あんまり変わらんだろ?

中久保:アメリカは個人間格差だけでなく、都市間格差も大きいんですね。サンフランシスコを比較例に出したことで、誤解が生まれたわけだ。

所得上位国のほとんどが、東京より小さな国ばかり

海老原:冒頭に触れた2020年の「24位」という話にも誤解はある。上位国のほとんどは、本当に小さな国ばかりなんだよ。たとえば、17位のサンマリノの人口はたった3万人。沖縄の宮古島の半分くらいだ。8位のアイスランドが30万人。これは大方の地方県庁所在地より小さい。ルクセンブルクでも60万人で世田谷区よりはるかに小さい。なんと15か国が「東京都」よりも人口が少ないんだわ。この17か国合わせても、総人口は8000万人程度で、日本の2/3にもならない。

中久保:なんだ、24位と聞いて、日本並みの国が上に沢山ならんでいるのかと思ったら、小国ばかりなんですね。

海老原:人口5000万人以上の国は、英米仏独4か国しかない。この4か国を比較すると、アメリカだけが突出して高く、ドイツがそれに続くけど、もう日本との差は2割にもならない。仏独は日本とほんとに僅少差。アベノミクスによる人為的な「円安」下でも、こんな状態なんだよ。

中久保:本当に、きちんと知ると、今まで僕が目にしてきた情報が「印象操作」なのがわかります。

齋藤:さらに、欧州の小国の場合、ほとんどが自国だけでは労働力が足りないと言われていますよね。それで、地続きのドイツやフランスから電車や高速道路を使って通勤する人を募っている。彼ら越境労働者の生産物は小国でカウントされるけど、住んでいるのは独仏だから人口にはカウントされません。

海老原:さすが齋藤さん。その結果、分子は増えて、分母は少ないまんまだから、国民一人当たりのGDPは実情よりバカ高くなってるだけということ。

中久保:少し安心しました。

海老原:でもさ、アベノミクスも日銀黒田総裁の退任でいよいよ終わる。結果、円高への修正と金利上昇が始まる可能性は高い。日本の順位は上がるけど、住宅ローン金利も上がり、返済も厳しくなるぞー。

中久保:い、今のうちに長期固定に変えて来まっす!!!今日は早退でー。

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中久保:やはり海老原さん、日本の賃金にまつわるコアの部分に切り込んできましたね。

齋藤:うん、思い出したのは、イギリスの童話で「ゴルディロックスと3匹のくま」という話があるんだよね。

中久保:はあ。

齋藤:そこに登場する少女ゴルディロックス(Goldilocks)がくまの家で飲んだ熱すぎず冷たすぎない、ちょうど良い温かさのスープにちなんで“ゴルディロックス相場”なんて呼ぶんだけど、つまり日本もこれから適度な状況の相場に方向転換できればいいんだけどね。

中久保:わが社の昇給もゴルディロックスなベア、ぜひとも。

齋藤:少女は3匹の熊と一緒だったそうだ。

中久保:そのベアはもういいんです!

shincho