未曽有の人手不足にどう立ち向かうか?!
VOL.2 外国人材受入れの景色が一変している
このコーナーは、『HR AGE』編集長の中久保佑樹(株式会社ヒューマネージ)が、雇用のカリスマ・海老原嗣生氏の胸を借り、世間一般で言われる雇用問題について、何が正しいのかをテーマごとに集中連載で解き明かして行きます(ヒューマネージ代表・齋藤亮三も同席)。節々に人事・雇用に必要な基礎知識を盛り込み、ニュース解説のようにご覧いただけて、かつ経営・人事に必要な“眼”につながる記事を目指しました。多少の脱線はありますが、私自身、このハードな筋トレのような集中連載を通じて、データ、事例、政策、法律…世界や歴史を見渡した本物の知識を身につけていきたいと思います。人事の皆さまにとって、少しでもお役にたてば幸いです。
留学生、技能実習生、特定技能資格が3本柱
中久保:大卒ホワイトカラー層の人材は減らずにむしろ増えていく。一方、非正規領域はもうどうやっても絶望的な人手不足が続く…。うーん、我が家の子供たちは、高卒でブルーカラー就職を目指させるか…。
齋藤:また、目先の損得だけで子供の人生、決めちゃいかんよ。とはいえ、このパラドックス、どう解決していけばいいんでしょうか。非正規領域の人材難解決に、打ち手はあるのでしょうか?
海老原:とかくマスコミ中心に、「高度人材」なんてハイスペックな人たちばかりにスポット当てて来たから、足元をすくわれたような感じでしょうね。社会を支えるエッセンシャルワーカーの不足は一大事です。そこで、大まかにいうと2つの政策が動いています。一つは、外国人材の登用。
中久保:確かに街を歩けば、コンビニでもファミレスでも量販店でも、外国人材のスタッフが多々いますものね。あれは、よく聞かれる技能実習生なのですか?
海老原:いや、技能実習生は原則として、農林水産業や製造・建設業でしか認められてこなかったんだ。「技能を習得して母国に持ち帰る」という前提だから、母国にも同様に存在しているサービス業では認められていなかった。
中久保:だとすると、違法就労ですか?
齋藤:そんなわけないだろ(笑)。もともとは、留学生が中心で、2019年以降は「特定技能」という資格を持った外国人を受け入れているんだよ。
海老原:おっしゃる通りで、まず、2008年に閣議決定された「留学生30万人計画」に基づき、①留学生の増加、②留学生の就労障壁の除去、が進みました。これで、留学生であれば、学校種別を問わず週28時間、長期休暇中は40時間まで自由に働けるようになっています。その頃から、街中に外国人材が増えてきたわけですね。同時に技能実習生の対象職務の拡大、就労年限の長期化、なども実施されています。そして2019年に「特定技能」資格が生まれた。こちらは、農林水産・建設・製造に加えて、飲食・宿泊にまで対象が広がっています。
齋藤:技能実習生については、ブラック問題や失踪問題などで評判が芳しくありませんよね。
海老原:その点については、マスコミの針小棒大な面もあります。たとえば毎年1万人もの失踪者が出ていると言いますが、全実習生は40万人だから2%程度です。他国の外国人材管理を見ても、「不明者2%」なんて制度は見当たりませんから。また、2017年には「6年間で156名の死亡」が国会でも取り上げられていますが、こちらも20代30代の死亡率で見れば、同年代の日本人の半分以下です。死因を見ても、病気や交通事故などが多くなっていますし。
齋藤:実体を確かめず騒ぐのは問題ですね。そのせいもあって、技能実習に対するイメージは、もうかなり悪くなってしまいました。
海老原:「労働させているのに実習生だ」と言い張るというそもそものところに無理があったんでしょう。だから、「育成就労」という制度に発展解消しようとしています。
外国人材にとって日本は今でもけっこう人気がある
中久保:これで一安心ですか。エッセンシャルワーカーの不足は、外国人材の力を借りることで解決。
齋藤:昨今、日本は先進国の中では「低給与」であり、しかも技能実習生の悪い噂も広まって、外国人材から見たら不人気なのではないですか?
海老原:そこは、言われるほど不人気ではありません。まず、他国にも外国人材受け入れの就労制度はありますが、日本ほど「枠」が大きくないんです。同様の制度がある韓国は人口5000万人、台湾は2500万人、カナダ2800万人、オーストラリア2600万人と、日本よりはるかに社会が小さく、その分、必要とする外国人材も少なくなるんです。
齋藤:枠が大きいということは、外国人材から見れば「日本は採用されやすい」ともいえますよね。それに治安は良いし、ナショナルリスクも低い。何より物価も安いですしね。
海老原:はい。そして、「日本は低給」といっても、途上国と比べればはるかに高いんです。例えばベトナムとは平均給与で9倍も差があり、あの中国との比較でもエッセンシャルワーカーなら給与が5倍と言われます。
途上国からの就労者の希望条件が急上昇している
中久保:やっぱり、人手不足は外国人材で解消!ですね。
海老原:ところがそういうわけにもいかない事情が別途あってさ。まずね、近年は途上国も生活レベルが上がり、希望条件が高まっているんだ。彼らには住居が必須だけど、昔なら相部屋もOKだったのが、個室かつ冷暖房完備が当然になってきている。もちろん、パワハラにも厳しくなっているし、過重労働なども許されない。
齋藤:それは、公的な監視が厳しくなっているということですか?
海老原:確かに、外国人技能実習機構という専門の公的管理機関ができたことも大きいのですが、それ以上に、情報化が進んだことが挙げられそうです。
齋藤:情報化?どういうことでしょう。
海老原:皆スマホを持ち、SNSをするのが当たり前なんですね。どこで、どんな仕事をしていると投稿すると、「それはひどい」「うちの待遇はこうだ」というコメントがすぐ寄せられます。外国人材同士のグループチャットもSNS上に多々作られていて、そこで、随時情報交換がされるわけです。
中久保:それじゃ、下手なことしたらすぐに外国人材仲間に情報が回って、二度とその会社じゃ人材が採用できなくなってしまいますね。
海老原:まさにその通り。しかもね、技能実習制度では転職が原則できなかったのが、特定技能も留学生も転職自由。新たにできる育成就労制度も、条件付きで転職は認められています。
中久保:企業にしたら技能実習制度が懐かしいところでしょうね。
海老原:その技能実習生でさえ、「他に行けずに働き続ける」とは言えないのが現実なんだ。外国人雇用協議会というところが出しているデータを見ると、直近の技能実習の中途退職率が15%近くにもなっていて。原則、職場変更は機構に訴えない限りできないのだけど、そんな面倒くさいことする前に、納得できないと帰国してしまう人が多いんだ。そして、韓国や台湾、カナダの同様な制度に行ってしまうと。
誠意や好意よりも「給与」というドライな働き方
中久保:そんなに簡単に辞めてしまうのでは、日本人相手よりも厳しいですね。
齋藤:外国人材は、やはり日本に「お金と仕事」を求めてやってくるわけだから仕方ないよ。条件の良いところへと、ドライに考えるんだろうな。
海老原:その通りなんですよ。私が取材した、青森の食品工場で働いていたベトナム人女性のケースなんですが、工場の同僚も社長もその家族もとてもいい人で、和気あいあいという雰囲気だったんです。彼女のSNS見ても、みんなに愛されているのが分かり、ベトナム人同士の本音チャットでさえ、「こんないい会社ない」とまで言ってます。ところが、実習期間の3年が終わり、特定技能資格を取得すると、埼玉の同業他社に転職してしまいました。給与が3割以上高かったという理由です。
齋藤:どんなに良い環境でも「お金」をとると。中久保みたいだなぁ。
中久保:し、失礼な。
海老原:(笑)。ただ、青森の工場は、本当に良い人たちばかりで、転職する日には皆で駅までお見送りをしてくれ、たくさんお土産を渡されたのがSNSにアップされています。その後も、埼玉の工場で困ったことがあると、いつも相談や愚痴を青森の仲間に話しているようで。
中久保:ほんとうに切ないですねぇ…。
海老原:他にもね、特定技能資格も1号のうちは妻子の呼び寄せができないので、不満の声があってさ、それにも配慮しなきゃならないケースが出ているんだ。例えば夫が先に資格を持って来日し、妻は後追いで飲食や宿泊系の簡単な資格を取って時間差で来日したりするカップルがいる。そういった事情があるから「予め夫婦で入れる寮を用意して欲しい」と要望を出し、それを叶えてくれる企業を選んだ、とかね。
中久保:日本人が期待する、「黙って言うことを聞く」のとは、全く異なりますねぇ。
外国人向け転職エージェントが当たり前になっている
海老原:こうした「ドライな就労」にさらに輪をかけているのが、転職エージェントなんです。実は昨今、転職が自由な特定技能資格を有する外国人材向けの、専門のエージェントが多々生まれています。SNSに「特定技能資格をとった」なんてアップすれば、もういくつものエージェントから登録勧誘のDMが来ますから。
中久保:ひええー。人材ビジネスはそんなところまで進んでいるんですか。
海老原:のみならず。タイムシェアリングワークなどと呼ばれている短時間ワーカー専門の紹介サイトなども、外国人材の短期斡旋を行っているよ。これは主に留学生を対象にした空き時間の単発バイトだけど。留学生といっても大学生は全体の3割くらいで、その他に日本語学校や専門・短大・高専に通っている人もいるから。多彩で多様な外国人学生にリーチしている。
齋藤:エッセンシャルワーカーの人手不足に先回りして、ビジネスを構築しているのは、天晴というしかありませんね。
海老原:はい。まさに百鬼夜行の世界です。だから、外国人材への対応は、日本人よりもはるかに気を遣わねばなりません。言葉や風習の違いがあるからトラブルが起きやすい。ひとたびトラブルが起きればSNSを通して拡散しやすい。さらに待遇や条件次第でライバルにすぐ流出してしまう…と。
中久保:トホホな状態ですね。でも日本の構造的な人手不足解消には、彼らの力が必要だから、仕方ありません。
海老原:水を差すようなんだけど、そこまでやって、外国人材を受け入れたとしても、それでも、エッセンシャルワーカーの人材不足は解消しないだろうね。
中久保:なんでですか?
海老原:前述した通り、主婦・高齢者のエッセンシャルワーカーは、年間80万人も減少していくじゃない。対して外国人材の受入れは、多く見積もっても年間30万人にもならないだろう。しかも、外国人材は帰国する人も多数だから、受入れ分が純増とはならないから。
中久保:日本は本当に、大変な時代になったんですね。
海老原:でもね、何度も言うけど、大卒ホワイトカラーは決して減ってはいないから。君もあんまり贅沢言うと、首筋が冷えていくよ(笑)。
中久保:外国人材といっても「留学生」「技能実習生」「特定技能資格」と色々種類があることがわかりました。
齋藤:日本で働く外国人材についての現状についても海老原さんの取材の話を通して知ることがあったな…中久保みたいなドライな考えも否定できないというわけか。
中久保:そ、そこまでドライに考えていないですよ!?
齋藤:まあ、そうだとしても、現実は厳しいからね。私ももっと社員の声を聞いていかないとな。中久保以外の。
中久保:そこは僕の声ももっと聞いてほしいです!(笑)
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