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「日本の賃上げ祭り」を斬る!
VOL.3 「年功昇給」の問題点

ebihara

海老原 嗣生

雇用のカリスマ(ヒューマネージ社顧問)

nak

中久保 佑樹

ヒューマネージ 『HR AGE』編集長

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海老原 嗣生

雇用のカリスマ
(ヒューマネージ社顧問)

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中久保 佑樹

ヒューマネージ
『HR AGE』編集長

このコーナーは、『HR AGE』編集長の中久保佑樹(株式会社ヒューマネージ)が、雇用のカリスマ・海老原嗣生氏の胸を借り、世間一般で言われる雇用問題について、何が正しいのかをテーマごとに集中連載で解き明かして行きます(ヒューマネージ代表・齋藤亮三も同席)。節々に人事・雇用に必要な基礎知識を盛り込み、ニュース解説のようにご覧いただけて、かつ経営・人事に必要な“眼”につながる記事を目指しました。多少の脱線はありますが、私自身、このハードな筋トレのような集中連載を通じて、データ、事例、政策、法律…世界や歴史を見渡した本物の知識を身につけていきたいと思います。人事の皆さまにとって、少しでもお役にたてば幸いです。

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齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

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齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

それ、大きな誤り!

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日本の昇給システムも、「安い日本」の一因?

中久保:齋藤さん、ようやく捕まえた。今年のベアはどうなってるんですか!?

齋藤:ベア?今年の新作のテディちゃんの話か?

中久保:違いますよ、賃上げ!昨今じゃ組合だけでなく、経団連までこぞってベア推しで賃上げ進めてんじゃないですか。うちのベアはどうなるんですか?

齋藤:あ、ベア…、ね。え~と、リンツ。そうクリスマスはリンツの金熊チョコに限る。あれ、女性に渡すちょっとしたプレゼントとして流行ったなぁ… 。あ、会議の時間だ。これにて……

中久保:ったく、海老原さん、どう思いますか?今、世間的には脱「安い日本」対策で昇給歓迎ムードが蔓延してるじゃないですか。それに比べてわが社は…。

海老原:また、賃上げの話か。君も懲りないねえ。なぜ「安い日本」になったか、その理由の一端は、“定期昇給”と“ベア”の違いに発することを知ってたかい?この二つ、どう違うかわかるか?

中久保:えっと、ベアはベースアップの略ですよね。最低ランクの人、たいてい新卒初任給になると思うのですが、それを今年は去年よりいくら上げるか、ですよね。

海老原:そうそう。それが決まればあとは、年次やランクにより所定の係数をかけて、自動的に全体給与が決まる。これがベアだね。じゃ、定期昇給は?

中久保:これは、査定による昇給ですね。わが社でいえば、年二回の定期評価で考課点に応じて昇給が起きる。

海老原:そう、こちらは、全社的な上昇ではなく、個別社員の業績や年次に応じて各々が上がるものだ。

中久保:なんでそれが「安い日本」の一因なんですか?

海老原:実はさ、この“定期昇給”という仕組みも、日本と欧米でかなり違うんだよ。特にね、欧州と日本は大きく異なる。今回はここのところを詳しく説明することにしよう。

中久保:私の知り合いの外資系企業の社員、彼らに聞いても定期的に査定はあり、それで給与は増減すると言いますよ。日本と変わらないんじゃないですか?

海老原:とりわけ、アメリカのホワイトカラーは、日本とけっこう似ているね。たださ、欧米は就いているポストで給与が決まる。ポスト毎に給与レンジは設定されているので、このレンジの上限までくれば、そこで昇給は終わり。

中久保:日本でもランク毎にレンジが決まっていて、その中を査定によって上がっていくから同じじゃないんですか?

海老原:たださ、日本のランクはポストではなく「個人」についているだろ?仮に、長らく同じポストについていたとしよう。そうすると欧米ではそのポストの上限まで昇給したらそこで給与は上がらなくなる。一方日本は、ポストとランクは関係ない。同じポストにいるのに、職能等級ランク上限まで行ったら、昇級審査に通りさえすれば、勝手に上のランクに上り、そこでまた昇給が始まる。

中久保:確かに。大手だと、役職なしでポスト的に変わらないのに、2~3等級ランクアップして、けっこうな年収になっている大ベテランの方っていますよね。

海老原:そう、確かに大手だと役職なしでも50歳では年収1000万円に届く。この話はまたあとでね。一方、アメリカでは、ポストアップしない限り、レンジ上限で給与は止まる。この違いをまずは頭に置いておこう。

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欧州の常識、「同一資格=同一労働同一賃金」

中久保:欧州はどうなんですか?

海老原:ここでも、日本人の常識からすると頭を大きく揺さぶられるよ。正直言えば、欧州でもエリート層は日本とそんなに変わらない。アメリカのように、ポスト毎に給与レンジが決まっているけど、エリートはそのポストをどんどん上っていく。そうすると、レンジ上限まで行った場合、ポストアップが起き、そこでまた上がるから、年功的に給与はどんどん上がっていく。欧州のエリートは日本よりもはるかに早く、この昇給が起きるね。

中久保:エリートでない人たちはどうなるんですか?

海老原:まずね、欧州の場合、どの仕事に就くのでも「公的資格」*が原則必要なんだよ。税理士とか会計士とかじゃなくて、採用アセスメントの営業とか、人材管理システムの営業とかでも、それに応じた資格が必要となる。

中久保:ひえー…。だとすると、一回資格取得したら、違う種類の仕事に転職できないじゃないですか。

海老原:その場合、資格を取り直すしかないね。そのための職業訓練所に通ってね。たださ、同じ仕事であれば、ためらいもなく会社を変われる。

中久保:組合の時の話とおんなじで、欧州は面倒くさいんですね、やっぱり。

海老原:日本人は欧州の良いとこしか見てないんだよ。で、その資格で働く非エリート層は、ほとんど昇給しない。30歳と50歳を比べても、年収の差は微々たるものだ。

中久保:そんなんで労働が成り立つんですか?

海老原:それは日本人的な考え方だろう。だって、同じ資格で同じ仕事しているのに、なんで年収が大きく違うのだ?せいぜい、レンジ上限まで上がってそこでストップというのが向こうの常識さ。同一資格=同一労働同一賃金ってわけだ。

中久保:この言葉も欧州と日本では使用される意味が異なってたわけで…。

海老原:実際のデータで見てみよう。まず一つ目のグラフは日米の男性フルタイム労働者の給与を年代別にプロットしたものだ。この中位層を見て欲しい。100人いたら50番目の人という意味だけど、日本は30歳に比べて40歳は1.41倍、50歳だと1.87倍ももらえる。対してアメリカは、40歳1.28倍→50歳1.34倍と、40歳以降の伸びは微々たるものだ。

米国のキャリア構造

日本のデータは、賃金構造基本統計調査(厚労省)2010年より、一般職員(契約社員含む)の上位・下位25%のデータを、「月収×12+賞与」で指数化。 アメリカのデータは、Usual Earnings(Depertmento of Labor)より、年齢別賃金分布より近似曲線を作り、上位25%・下位25%をゾーンを推定して指数化。

日本のデータは、賃金構造基本統計調査(厚労省)2010年より、一般職員(契約社員含む)の上位・下位25%のデータを、「月収×12+賞与」で指数化。
 アメリカのデータは、Usual Earnings(Depertmento of Labor)より、年齢別賃金分布より近似曲線を作り、上位25%・下位25%をゾーンを推定して指数化。

米国のキャリア構造

日本のデータは、賃金構造基本統計調査(厚労省)2010年より、一般職員(契約社員含む)の上位・下位25%のデータを、「月収×12+賞与」で指数化。アメリカのデータは、Usual Earnings(Depertmento of Labor)より、年齢別賃金分布より近似曲線を作り、上位25%・下位25%をゾーンを推定して指数化。
日本のデータは、賃金構造基本統計調査(厚労省)2010年より、一般職員(契約社員含む)の上位・下位25%のデータを、「月収×12+賞与」で指数化。
アメリカのデータは、Usual Earnings(Depertmento of Labor)より、年齢別賃金分布より近似曲線を作り、上位25%・下位25%をゾーンを推定して指数化。

中久保:その分、60歳になると日本は1.03倍と大きく数字を落とすのに、アメリカは1.37倍とほとんど変わりませんね?

海老原:ついてるポストで給与が決まるんだから、同じ仕事やってる限り、年齢で給与が下がったりしないのは道理だろう。でも、まだアメリカの給与は、30代後半まで日本と同様ポストアップがあるので、そんなに違和感がないんだ。やはり驚くのは欧州だよ。次の図はフランスの給与体系を職務別に示したものだ。

欧州の給与体系(フランス)

欧州の給与体系(フランス)

中久保:カードルだとか、中間的職務とか、わけわからん区分ですね。

海老原:カードルというのはグランゼコールというエリート養成機関を卒業した上流階級さ。すごい勢いで年収がアップしていくだろう。中間的職務というのはいわゆる大卒クラスで、彼らはエリートじゃない。年収は若い時400万円くらいで、50歳でも100万円程度しか昇給しない。さらにその下に、資格ワーカーがいて、彼らは20年働いても昇給はたかだか1~2割だろ。

中久保:こ、これはすごい…。どうやってやる気を保つのか…。

海老原:やる気なんて洟から期待しないわけ、向こうの経営層はね。で、決められた仕事をさっさと終えて帰る。ワークライフバランスは、昇給しない見返りともいえるね。

中久保:…。

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*たとえばフランスでは、国が定める職業資格だけでなく、職業領域ごとに雇用者・被雇用者間の協定で定められる職業資格が8000以上も存在し、個人の職業能力の証明として就職や賃金、昇進に影大きく影響する。これらの職業資格の多くは国が作成する「全国職業資格総覧(RNCP)」に収録されている。

年功昇給の功罪。日本と欧米、それぞれの問題点

中久保:で、海老原さん、この話と「安い日本」は何が関係あるんですか?逆に、ここまで見たら「高い日本」じゃないですか。

海老原:欧米は、非エリートだと年功昇給が小さいだろ。だから賃上げとはすなわち、ベアになるわけだ。ベアを重ねれば当然、生涯賃金も伸びる。結果、賃金水準は上がっていく。一方、日本は定期査定を重ねる形で年功昇給していく。この形だと、去年の自分よりも今年の自分は確実に給与が上がる。ただ、それは、過去の年功カーブを踏襲しているだけで、生涯賃金自体は全く上がらずストップモーションになるわけだ。

中久保:年功昇給のせいで、ベアが起きていないのに起きているような錯覚が起きると。

海老原:そう。人事たる者は、専門家としてこの点を指摘しないといけないね。

中久保:年功昇給って、齢さえとりゃ給与が上がるみたいな、悪いイメージがあるじゃないですか。

海老原:そうともばかりも言えないよ。たとえばさ、新卒22歳の一般社員と、10年選手で役職者になる直前の一般社員。同じポストだったとしても、熟練差は大きいだろう?それがポストが同じということで、小さな差しかできなかったら、おかしいじゃないか。

中久保:そうですよね。同じ一般社員でも仕事内容や責任など、大きく変わるし。

海老原:そこが欧米型のポストベースの管理の問題点だろう。一方、日本型の問題点は、キャリアの後半戦だ。成果がだせずに役職なしのまま50歳まで行ったとする。それでも日本はランクアップが続くため、昇給が止まらない。とりわけ大手企業ではね。その状況を示したのが、次の図だ。

日本の給料×欧州との比較|大卒正社員の場合(男子正社員/単位千円)

単位千円) 4

日本の給料×欧州との比較|大卒正社員の場合(男子正社員/単位千円)

単位千円) 4

中久保:あらあ、期待される成果が出せなかった一般社員でも、50歳だとまさに1000万円に手が届く…!

海老原:35歳の役職なし社員と比べると150万円も年収差が出てるだろ?しかもさ、35歳の中には、将来、役員や社長になっていくようなエリートの卵も含まれている。一方、50歳は年功昇級を重ねても役職者になっていない人。前者と比べて後者が150万円も年収が上なのは、やはり、日本の問題だよ。

これからの時代の昇給制度を見つめ直す

海老原:成果を出して昇進した人には昇給はあってしかるべき。そうでなければ、年収はステイでいいのに、なぜ日本では、シニア世代まで昇給が続くのだと思う?

中久保:えと、一つはモチベーションを上げるため、ですか。もう一つは、家庭を持ち、子どもも大きくなるので、生活を考えると上げなきゃならない…と。

海老原:前者はともかく、後者はおかしくないかい?それこそ、一家で働くのは夫だけで、妻と 子供はお父さんの稼ぎにすがる、というテーゼが見え隠れしないかい?男女共同参画の現代では、結婚した瞬間、世帯収入はいきなり2倍になるわけだ。もし、年収650万円で昇給が止まったとしても、夫婦なら世帯収入は1300万円。これなら暮らせるだろう?

熟年者の年功主義の実態

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熟年者の年功主義の実態

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中久保:しかも昨今では、生涯未婚者やDINKSも増えていますよね。家族構成も変わらないのに昇給し続けるのはやはりおかしい…。

齋藤:中久保、いいところに気づいたね。それが日本の旧来スキームからの脱却ポイントなんだ。

中久保:さ、齋藤さん、いきなり何ですか、会議はどうしたんですか。

齋藤:いや、海老原さんと中久保の意義深い談義に入りたく抜けて来た。ここまでのところをまとめておこう。男尊女卑的な「夫のみが家族を養う給与体系」は脱して、今後は弊社も、男女共同参画型人事制度を推進する!

中久保:え?ええっ?!!

海老原:要は昇進して上の役割を担わない限り、 35歳以降は昇給なし!ですね。

齋藤:さすが、海老原さん(笑)

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齋藤:というわけなんだよ中久保君。

中久保:最初と最後だけ登場されても困ります。

齋藤:まあ当社が、というよりも、多くの企業の課題として、単に年功序列で給与が上がり続けてしまう仕組みをいま一度考えるべき、という海老原さんの指摘は腹落ちするよね。

中久保:はあ。

齋藤:つまり中久保の年収の150万円分をどこに分配すべきか…

中久保:そこは腹落ちては困ります

齋藤:エントランスに海老ちゃんの純金の胸像でも建てるか…

中久保:金相場が高騰した今、3cm大くらいの胸像でしょうね。いずれにしても、われわれ氷河期世代にはない発想ですね。

齋藤:あ、「氷河期世代」か…これに関しても海老原さんに解説してもらいたいな次回。

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