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リスキリング政策から考える“人材育成の基本法則”
VOL.4 ボトムアップ育成の秘訣

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海老原 嗣生

雇用のカリスマ(ヒューマネージ社顧問)

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中久保 佑樹

ヒューマネージ 『HR AGE』編集長

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海老原 嗣生

雇用のカリスマ
(ヒューマネージ社顧問)

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中久保 佑樹

ヒューマネージ
『HR AGE』編集長

このコーナーは、『HR AGE』編集長の中久保佑樹(株式会社ヒューマネージ)が、雇用のカリスマ・海老原嗣生氏の胸を借り、世間一般で言われる雇用問題について、何が正しいのかをテーマごとに集中連載で解き明かして行きます(ヒューマネージ代表・齋藤亮三も同席)。節々に人事・雇用に必要な基礎知識を盛り込み、ニュース解説のようにご覧いただけて、かつ経営・人事に必要な“眼”につながる記事を目指しました。多少の脱線はありますが、私自身、このハードな筋トレのような集中連載を通じて、データ、事例、政策、法律…世界や歴史を見渡した本物の知識を身につけていきたいと思います。人事の皆さまにとって、少しでもお役にたてば幸いです。

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齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

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齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

それ、大きな誤り!

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人が育つ会社って何だろう?

齋藤:いよいよ、私の知りたい核心部分に迫りますよ。先週までに聞いた人材育成のポイントは、「成長期はボトムアップ型、停滞期からはトップエクステンション型」ということでしたね。

老原はい。その成長期・停滞期の年代が、業種によって異なるから、形の異なる会社の育成法を真似ても駄目だ、と話しました。

齋藤:日本の場合、新卒採用で未経験者が同年齢にて入社するじゃないですか。だからスタートは一緒になります。そこからボトムアップ期、どんな風に指導していくべきか、鉄則や王道ってありますか?

中久保:確かに。上司や先輩によって教え方も千差万別、当たり外れがあるってのは良くないですもんね。

海老原:中久保の部下もさぞ困ってるだろう(笑)。冗談はさておき、ここで中久保に一つ聞きたいのだけど、育成がうまい、人が育つと言われる会社って、その秘訣はどこにあると思う?

中久保:そりゃ、指導法が確立されていて、マニュアルやQ&Aなどもしっかりしてるとか。

海老原:じゃあ聞くけどさ、そういう育成ツールや研修を受け続ければ、営業ってうまくなるかい?採用場面で応募者を口説くのも上達するか?部下同志の諍いの仲裁や、会議で他部署との意見調整なんかも、研修やマニュアルで覚えられるかい?

中久保:そりゃ…無理ですねぇ。

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入社10年後に新人の「数倍」の仕事をする大手

齋藤:海老原さん、その辺り言わんとすることは良くわかりますよ。人を育てるのはやっぱり「仕事」。人は仕事で育つと昔からよく言われます。

海老原:そうなんです。それ、何も日本だけでなく、世界共通なようです。これはアメリカにあるヒューマネージと同じようなHRMの大手企業のローミンガー社が発表した調査研究なのですが。職業能力が上がった、キャリアが磨かれたという時、そのきっかけになったのは、7割が「仕事」なんです。残りの2割が「上司や同僚や取引先からの薫陶」。で研修やマニュアル、Off-JTの占める割合はせいぜい1割。

齋藤:わかるなぁ。総合商社育ちの私の場合、次々と仕事が難しくなってきて、それをヒイヒイ言いながらこなしているうちに、視界がひらけてきたという実感があります。

海老原:それは良い話ですよね。確かに大手商社や大手メーカー、メガバンクなどは「ボトムアップ型」育成が得意だと言われています。今度は、その理由を考えて欲しいところです。そうした企業は、素性の異なる数百人の未経験者を毎年採用し、10数年後には、新人時代とはまるで大きさの異なる仕事を担当させ、大金を動かしています。なぜ、安定的にこんな大量育成ができるのでしょう?

中久保:それは、約束された将来が見え、毎年、少なくない昇給があって、モチベーションが維持され続けるからですよ。

n-4

ヨコの見通し、タテの見通し

海老原:「将来」と「金」か。まあ、君らしいけど、外れてはいない。確かに、仕事はそれ自体に意義が見いだせないとやる気が起きない。ハックマンとオールダムという組織心理学者が、「中核的5次元」という名前でそれを発表しているのだけど、この理論、小難しすぎるんだよね。それを、リクルート社の始祖でもあった大沢武志さんは、「ヨコの見通し」「タテの見通し」という簡単な二語で話してくれた。要は「将来どうなっていくか」という絵図と、「組織の中でどう役に立っているか」という関連図。これをはっきりさせるのがいいという。だけどさ。そうやってやる気を上げた後、具体的に日々、どう指導していけばいい?

中核的5次元と「タテ・ヨコの見通し」
中核的5次元と「タテ・ヨコの見通し」

中久保:あとは親切・丁寧・明快な指導。

海老原:それでも中身が全くない先輩だと、部下にとっちゃ、ありがた迷惑になるじゃない。

齋藤私の経験を振り返って思うのは、難題を乗り越えたとき、達成感・成長感はわいてきましたね、いつも。

海老原:そうなんです。人は易しすぎる仕事ばかりだと、だらけてしまいます。逆に難し過ぎて手が届かない仕事だと今度は力尽きて諦めてしまいます。なので、できるかできないか、ギリギリの課題を与えると一番成長すると言われています。これは、エドウィン・ロックが実証実験で証明していますね。

齋藤:獅子は我が子を千尋の谷に落とす、と言いますけど、それは百獣の王の子供だからなんですよね。普通の人は、やはり「ギリギリできるかできないか」あたりでしょうね。

職務難易度と成果
職務難易度と成果

海老原:そうなんです。とするとですよ、年代に応じて次々に、「ギリギリ」の課題を与え続ければ、人は伸びるということになりますよね。とりわけ、成長期はそれが基本になると。

n-5

5歳児が「好きなもの」しか食べなければ親は叱る

海老原:さてさて、ここで、昨今流行の「自律的キャリア形成」論に対して、少し冷や水を浴びせてみたいんです。日本経済がここ30年停滞し続けているので、日本企業のやってきたことは全てダメ、という風潮が広まっているじゃないですか。でも、旗色が悪く見える家電業界だって、2010年代は驚くほど業績を伸ばし、史上最高益になっている会社も少なくありません。

齋藤:確かに家電やスマホでは見る影もないですけれど、その分、FAや素材、モジュールや半製品、重電などに事業をシフトさせ、見えないところで大きな仕事をやり遂げていますね。

海老原:そう、日本全体が沈んだのは少子高齢化や金融政策の問題であって、人材の質が下がっているわけではありません。やはり、成長期には日本型のボトムアップ施策は効くんです。で、少し考えて欲しいのですが、昨今の「自律型育成」では「部下のやりたい」を大切にするという話が盛んに言われるじゃないですか。自主性を大切にすべき、否定などもってのほかと。でもですよ、これ、自分の子育てに当てはめてください。今、5歳の我が子が毎日、「好きなものしか食べない」とわがままを言ったら、親たるお二人はどうします?

中久保:幼児を抱えるだけに良くわかります。そりゃ、子どもの好物のチョコばかり食べさせはしませんね。ちゃんと栄養のあるもの食べるよう指導します。

海老原:ご結婚されたお子さんがいる齋藤さん。親の子育てって、どの年代でも、「食べたいものだけ食べてていいよ」ではなかったでしょう?

齋藤:ええ。まず体の基礎をつくる幼少期と大学生の頃は違いますし、ほかにもアレルギーが出た、運動部で鍛えねばならない、一人暮らしを始めた…。そんな時宜に即して、たんぱく質をとれ、カルシウムをもっと、バランスを考えろ、野菜食べてるか、と言ってきましたね。

「成長の階段」と時宜に応じた与えるべき仕事

成長の階段
成長の階段

海老原:では、なぜ子供には「やりたいことばかりじゃダメ」と言えるのに、部下には「どうぞどうぞ」となってしまうのでしょう?

中久保:そりゃ、血もつながっていない他人だし、嫌われたくないし、昨今では何かとパワハラにもなりますからね。

海老原:でも、愛情もってしっかり指導して、その結果、本人も成長感や達成感があるなら、納得してくれるんじゃないかな。

中久保:そこまで奉仕するほどの時間的余裕もないし、うまく行かなかったときの反動も怖いですよ。

海老原:それは確かにね。

齋藤:う~ん…、子供に厳しく言えるのは、「見える」からじゃないですか。

中久保:どういうことです?

齋藤:子供の年齢や体質などから、摂るべき栄養素が「見える」。だから、自信をもって言える、と。

海老原:見えているから、自信を持てる。これ、至言ですね。親は子供の年代に応じて、どんな成長課題が起こり、だからそれを解決するために、どんな栄養素を摂るべきか、分かっている。つまり、「成長の階段」が見えているんですね。とすると、です。同様に、会社の中にも、しっかりと「成長の階段」が作ってあったらどうですか。新人時代のテーマ、中堅のテーマ、リーダーのテーマ。こうしたものがしっかり見えていて、それに従って、育てていく。そのために与えるべき、「ギリギリの仕事」まで分かっていたら。

中久保:この年代だとどんな能力をつけなきゃ行けないか見えていて、そのために、ちょっと難しめの仕事を与える。こんな形なら、上司も自信をもって指導できるし、本人も納得できるでしょうね。

齋藤:言いたいことが良くわかりましたよ。要はそうした「成長の階段」が会社にあるか、どうかですね。総合商社やメーカーやメガバンクは、何歳ならどれくらいの仕事をやっていてほしいという「成長の階段」ができていて、それを上り切れるよう、年代相応の仕事を用意している、と。

n-6

育成が上手いか下手かは、「成長の階段」しだい

海老原:いろんな会社を取材していて思ったんですけど。日本の大手企業で、長い歴史を持ち、今でも業界上位で利益を上げ続けているとこって、本当にこの「成長の階段」があり、アップデートし続けているんです。もちろん、暗黙的な場合もありますが。

成長の階段02
成長の階段02

中久保:ちょっとピンと来ないんですけど。日本の古い大手って、行き当たりばったりで若者に雑用をやらせてるイメージがありますよ。

海老原:たとえばさ、ある大手百貨店に取材した時のこと。そこでは新人の多くがアパレルの売り場に配属されてたんだ。でね、入社当初の半年は、パートやバイトと同じ販売員を任される。昼休みになれば、パートやバイトの人は、みな、外に出て、午後の始業ギリギリに戻ってくる。でもね、正社員だけは、お弁当を食べ終わったら、自主活動があるんだ。そこらにある洋服を端から着る。毎日これを続ける。そのうち、メーカーごとの生地や縫製の特徴、サイズ感、色合いや風合いの違いなどが、肌でわかるようになる。ともすれば、「なんで私だけ、こんなことしなきゃいけないの?パートの人とおしゃべりしたい!」と思うよね。

中久保:そうですよね。俺だったら納得いかないな。

海老原:その時、上司や先輩はこんな風に説明するんだよ。「あなたは半年すると、在庫担当になる。欠品した商品を、周辺の店に問い合わせて、貸し借りしなければいけません。そのためには、商品のこと、事細かに知らなきゃいけないでしょ」と。

齋藤:成長の階段に沿って、半年後に任される仕事が見えているんですね。だから、そのために「無理目の仕事」をさせて、力を蓄えさせる、と。

海老原:それが実にうまくできてるんです。こうした販売業だと非正規社員と正社員が同じ仕事をしている場合、大きな給与差は認められないじゃないですか。だから、入社後半年間の試用期間は基本給が1割減となっています。そして、入社初回は他企業同様、ボーナスも出ない。結果、非正規との給与差はつきません。ところが、半年して試用期間も終わると、昇給し、ボーナスも出る。つまり、大幅に非正規と差がつくわけです。とすると、同じ仕事をしているのは許されません。そこで、「在庫担当」という職務を付加する。要は、「仕事も難しくなるし、その分、給与も大幅に上がる。だから、それに備えて仕事を覚えておいてね。嫌だろうけど、頑張って」ということなんです。

齋藤:よーくわかりました。経営たるもの、まずは成長の階段を企業に作るべき、と。

海老原:そうなんです。「最近、部下を育てるのがうまいマネジャーが少なくなったな」なんて嘆く経営者が多いのですが、それは、成長の階段ができていないことが原因だったりするんです。

中久保:心に念じますね。「仕事も難しくなるし、その分、給与も大幅に上がる」と。

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齋藤:「成長の階段」当社でもどんどんブラッシュアップしていかないとだな

中久保:子育てと部下を育てる違いには、学びがありました

齋藤:育てる側が自信をもって指導していなかったら、部下も納得できないしな

中久保:僕はいつだって自信満々で指導してますよ!!

齋藤:そうだな……(腕を組みながらうつむく)

中久保:(これは給料アップか……!?)

shincho