as

年半ばに実施される減税と給付を考える
VOL.3 「安い日本」というボリュームランチ

ebihara

海老原 嗣生

雇用のカリスマ(ヒューマネージ社顧問)

nak

中久保 佑樹

ヒューマネージ 『HR AGE』編集長

ebihara

海老原 嗣生

雇用のカリスマ
(ヒューマネージ社顧問)

nak

中久保 佑樹

ヒューマネージ
『HR AGE』編集長

このコーナーは、『HR AGE』編集長の中久保佑樹(株式会社ヒューマネージ)が、雇用のカリスマ・海老原嗣生氏の胸を借り、世間一般で言われる雇用問題について、何が正しいのかをテーマごとに集中連載で解き明かして行きます(ヒューマネージ代表・齋藤亮三も同席)。節々に人事・雇用に必要な基礎知識を盛り込み、ニュース解説のようにご覧いただけて、かつ経営・人事に必要な“眼”につながる記事を目指しました。多少の脱線はありますが、私自身、このハードな筋トレのような集中連載を通じて、データ、事例、政策、法律…世界や歴史を見渡した本物の知識を身につけていきたいと思います。人事の皆さまにとって、少しでもお役にたてば幸いです。

saito

齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

saito

齋藤 亮三

ヒューマネージ代表取締役社長

人事なら給与や手当については当然知っておくべきでしょう。今年は大型減税も実施されるため、給付や源泉などが複雑になります。そのあたりも含めて、今回の政策について、少し考えてみることにしましょう。

humanage003
humanage003

あんがい少ない、国の純債務

中久保:国家財政について、聞けば聞くほど暗くなりますね。ほんとに日本は夢がない。こんなんじゃやってられませんよ。

齋藤:う~ん、確かに改めて深刻さを感じてしまいますが、一方で、正反対の意見もよく聞きますよね。たとえば、日本政府は借金が多いけれど、資産も多い。だからトータルで考えれば問題は少ないと。

海老原:はい。政府のあらゆる負債を合わせると1500兆円にもなりますが、資産も同様に合わせて差引すると、600兆円弱の純債務にとどまります。この純債務の規模は、GDPの1.2倍で、アメリカやイタリアと同程度です。

齋藤:政府は借金を重ねてきたけれど、その分、資産も積みあがっているというわけですね。でも、それらの資産って、道路とか公共施設とか、換金できないものばかりじゃありませんか?

海老原:公共財だけでなく、特殊法人や政府外郭団体への出資金など、換金が望めないものは多いですね。でも有価証券類が350兆円、外為特会も170兆円と、流動性の高い資産もかなりあります。

齋藤:そういえば、日本郵便やNTT、東京地下鉄といった優良株は政府が保有しているし、公共財とはいえ、空港なども株式会社化して収益を上げたりしていますね。

海老原:そう、こうした資産は先進国でもかなり多い部類になります。

齋藤:これはうろ覚えなのですが、政府保有の有価証券には、年金基金が保有しているものが多々含まれているのではありませんか?

海老原:有価証券類の約半分が年金資産です。ただ、その分、負債側にも年金債務がカウントされているので、バランスシートで見れば、ちゃんと整合性がとれているはずです。

齋藤:そこまで聞くと、正直、少し安心しますね。バランスシート全体で見れば、日本政府はそんなに悪くないと。

海老原:どの国でも「売れない」公共財を抱えるのが政府の宿命なので、基本は、資産より負債が多い債務超過状態なんですね。だからそのことを心配するよりも、純負債の大きさを見るべき。純負債では、日米伊は同レベルであり、先進国としては「多い方だけど、突出してはいない」程度なのでしょう。

 

政府と日銀合わせれば借金はチャラ

齋藤:これも最近よく聞くのですが、「政府負債の多くは日銀が国債を購入する形で引き受けている。日銀も広義では政府の一機関だから、そこまで含めれば、結局、借金も相殺されて、政府財政は万全だ」という話、あれはどうなんですか?

海老原:いわゆる統合政府論ですね。政府と日銀を併せて「一つの財布」とすることは会計的にもできるでしょうが、そうしたら、当然日銀の負債もそこに載せねばなりません。日銀は政府の国債の多くを民間銀行から買い入れているので、その購入金額が負債として(各行の当座預金に)記載されています。これら負債が残るので、統合政府論でも、負債額はほぼ変わりません。

na3 1

「子ども世代へ国の借金を先送り」とは言えない

中久保:だとするとですよ、齋藤さんや海老原さんたちのオールド世代が、国に無理を言って借金を重ねた結果、結局、我ら若者たちの世代にそのツケを回されているってことになるじゃないですか。お二人のような逃げ切り世代を、私は許せません!

齋藤さっきまで「定額給付くれー」とか「マイナポイント2万円もらった」とか、さんざん恩恵受けていた君がそう言うか?そもそも、君、今年40歳で決して若者でもないだろうに。

海老原:まあまあ、齋藤さんのところもお孫さんが生まれたことですし、将来世代へのツケ回しという話は気になるのではありませんか?

齋藤確かに。これだけ借金が膨らんだ日本国だと、将来世代は首が回らなくなりそうですね。

海老原:この件については、経済学の世界でも、見解が分かれているのですが、その中でも支持者が多い、新正統派の唱える主張を紹介しておきますね。まず、国が借金をした場合、一方では国にお金を貸している人が生まれることになります。国の借金=国債は主に銀行が買いますが、その原資は個人や企業の口座にある貯蓄です。だから、結局は日本国民が国にお金を貸していることに他なりません。たとえば、償還30年もの超長期債であれば、貸したお金が返ってくるのは、子ども世代、孫の世代になっているでしょう。とすると、国の借金は、将来、利子をつけて子や孫に戻って来ることになりますね。つまり、借金だけでなく、償還金=資産も将来世代が引き継ぐと。

齋藤でも、償還金を作るために国が増税したとしますよ。そうすると、将来世代は増税分を損することになりませんか。

海老原:2つのパターンで考えてみましょう。まず一つは、国は償還金を借り換える場合。これはさらに将来の世代へとバトンを渡す行為なので、単なる時間稼ぎでしかないですね。なので、これは説明を省略します。続いて、増税で償還する場合。これは次世代で増税となりますが、次世代は現世代から「国債」を資産として引き継いでいるから、相殺されます。現世代は増税がありませんが、その分、資産を使わず次世代に引き渡すので、この点でも、「得」はしていません。

齋藤次世代が国債を遺産として引き継ぐのであれば、その時に相続税をたっぷりとられますよね。それって、損じゃありませんか?

海老原:はい、相続税がとられます。これがけっこうな額になるでしょうが、その分、次世代の「増税」は和らぐので、やはり相殺されます。

齋藤う~ん…とするとですよ、現代において国が借金をしても、次世代には一方で資産として償還金が渡るから、損はしないと?

海老原:そうなんです。ここでは加えて、二つのことを考えておく必要がありそうです。一つは、結局、現代の国の借金は、次世代で「増税」と「相続税」で回収される。そのどちらも、所得や資産が多い人が負担する。つまり、現世代の国の借金は、長期間を経て、資産家・高所得者から一般民衆への所得再分配をしているということ。

na3 2

民間が意欲満々な時、国が資金を横取りしてはいけない

中久保:齋藤さんや海老原さん世代の放漫財政が、私ら一般民衆への所得再分配ですと!…う~ん…。こっちは、社会に出てこの方、好景気など経験していないにもかかわらず…。都合の良い逃げ口上だ!

齋藤:中久保ではないですが、私もにわかに信じがたいのですが…。問題はないのですか?

海老原:ノーベル経済学賞受賞者のブキャナンなど、厳格な財政論者は新正統派を猛批判しているので、絶対に正しいとは言えないのかも知れません。ただ、その新正統派でさえ危惧している点が一つあります。それは、「民間の元気を失わせる形での国の財政拡張は望ましくない」ということです。

齋藤:将来経済が細っていけば、増税しようにも高所得者がいないからできない、というわけですね。

海老原:そうなんです。その際、一番問題となるのが、「民間が様々な投資をしたがっている中で、そのお金を国が横取りしてしまう」ことなんです。民間が投資意欲満々ということは、それだけ儲かるチャンスがあるのに、その機会を奪ってしまうことが問題なんですね。

齋藤:でも、そうした場合なら、世の中全体で資金需要が大きいから、お金の奪いあいとなり、金利がどんどん上がっていくのではありませんか?

海老原:そうでしょうね。当然、そうした中で国がお金を引っ張るには、高金利じゃなきゃなりません。だから、自然と国も借金をやめていく。こうして調整が起きるでしょう。

齋藤:じゃあ、ひと昔前のような、誰もお金を使わないでデフレが進んでいる状況では、国は進んで借金をすべき、と?

海老原:というような話が、リフレ派や上げ潮派、最近でいえば「高圧経済」派という人たちが唱えているわけで。これがアベノミクス以降、現在まで至る政策の原点なんですね。

まわりまわって「安い日本」に

中久保:うーむ…、煙に巻かれてしまった感が否めませんよ。本当に、我ら若者は何の損もせず、齋藤さんや海老原さんたち逃げ切り世代は、相応に負担をしているというんですか?

海老原:いや、俺も経済の話はどこまでが正しいのか、正直わからないところはある。でも、思い出して欲しいのはね、「フリーランチはない」という経済学の格言。

中久保:それ、Season1でも出てきましたね。今の円安の説明理由として。

海老原:そう、それ。一見得しているように見えるけど、実際は、どこかで損をしていて、結局、「タダ飯」などありえないということ。今回の話でいえば、国の借金が膨大になればなるほど、本来ならその金利負担で、国は自らの首を絞めることになる。ところが、日銀が大量に国債を購入しているので、金利は上がらないまま。だから国はいくらでも借金をできる。そして、国民は税金をそんなに取られないのに、赤字国債で公共サービスが成り立っている。一見、フリーランチに見えるじゃない。

中久保:そうですね。国は毎年赤字が30兆円も出ているのに、いまだ、減税バラマキができるんですから。

海老原:Season1でも話したけど、その結果、円安になっているのに気づいたかい?日銀の国債買い入れで金利が上がらないから、金利の高い欧米に資金が逃げるという形で。

齋藤:Season1の主旨をなぞれば、円安になった結果、日本人の一人当たり国民所得は世界24位に落ちて、「安い日本」とまで言われるようになった。結果的に国力ダウンという「ランチ代」を払っているわけですね。

国力ダウンってそんなに悪いこと?

海老原:今後、日銀がマイナス金利や国債買い入れをやめれば、為替はまた円高に振れるでしょう。それでも、昔のような1$75円とかにはならず、せいぜい100~120円程度に留まるはずです。その程度、日本が「安くなった」ことは確かでしょう。

中久保:あーあ、齋藤さん海老原さん世代のせいで、僕らは海外旅行にも行けず、高級ブランドにもありつけない。貧乏な日本人に成り下がってしまった。

海老原:でもさ、円安のデメリットってそんなことくらいしかないんじゃない?逆に、輸出企業は儲かるわ、海外出店しているユニクロやムジ、フードチェーンも儲かるわ、インバンド観光客は来るわ、相対的に安くなった日本の土地や株は上がるわ。最近じゃ、海外移転した工場が国内に戻ってきたりもしている。良いことは多々。「安い日本」というランチ代を払うだけで、ずいぶん恩恵を受けているんだと思う。

齋藤:フリーランチはないですが、格安なボリュームランチを享受している状態なんでしょうね。

ebi3 1
as 1

中久保:国債の話、まわりまわって円安の話につながって、season1のふりかえりができました。得しているように見えて、実際は損もしているのか…

齋藤:そうだな、ただ円安をそこまで悲観的にとらえずにメリットであると考えることも大切。海外に出店している企業は実績をあげているし

中久保:そうですね、いまは円安だし、ということは……(にやり)

齋藤:(なにか企んでいるのか…?)

中久保:ワールドワイドに世界の埋蔵金を見つけに行きます!