
未曽有の人手不足にどう立ち向かうか?!
VOL.3 高給で生産性アップの秘策、
レーンメイドナーモデルとは?
このコーナーは、『HR AGE』編集長の中久保佑樹(株式会社ヒューマネージ)が、雇用のカリスマ・海老原嗣生氏の胸を借り、世間一般で言われる雇用問題について、何が正しいのかをテーマごとに集中連載で解き明かして行きます(ヒューマネージ代表・齋藤亮三も同席)。節々に人事・雇用に必要な基礎知識を盛り込み、ニュース解説のようにご覧いただけて、かつ経営・人事に必要な“眼”につながる記事を目指しました。多少の脱線はありますが、私自身、このハードな筋トレのような集中連載を通じて、データ、事例、政策、法律…世界や歴史を見渡した本物の知識を身につけていきたいと思います。人事の皆さまにとって、少しでもお役にたてば幸いです。
最低賃金の爆上げが続くその裏には…
齋藤:底なしのエッセンシャルワーカー不足というのが前回までで見えてきましたね。それは外国人材の積極活用だけではどうにも足りない。その他に手立てはないのですか?
海老原:実は、国が密かに進めていると言われる動きがもう一つあるんです。それが、レーン=メイドナーモデルというもので、かつて北欧などの人口が少ない国が、生産性維持のために行った積極労働政策のもとになった考え方です。デイビッド・アトキンソンさんという人の名前を聞いたことがありませんか?
齋藤:ビジネス誌で良く見ますね。京都の伝統工芸会社の社長さんで、オックスフォード卒。もともとは有名な大手コンサルや金融機関で働いてた方ですよね。確か、菅政権の時に政府の顧問として成長戦略会議にも出られてたことを、覚えてます。
海老原:さすが。そのアトキンソンさんが言っていることも、レーン=メイドナーモデルが下敷きになっています。とても簡略にその趣旨を説明いたしますね。まず昨今、何年も連続して最低賃金がかなりの高率で上がり続けています。これは社会にどんな効果を及ぼすでしょうか。
中久保:そりゃ、賃金が上がれば、今まで職についていなかった人たちが、「働いてもいいか」と就労し出すことがありますよ。
海老原:中久保らしい考えだけど(笑)。確かに第一段階はそうだよね。でも、そうして多くの人が就労し出したとしよう。それでも賃上げを続けたら、何が起こる?
中久保:高時給になれば、生活に必要な給与を短時間で稼げるようになって、労働参加者が減るかも知れませんね。
海老原:そんなことも起こるかもね。新たに「働こうか」と思う人と、「もう十分もらってる」と就労時間を短くする人、それが相殺されて、直に労働参加が増えなくなってくる。それでも時給を上げ続けたらどうなるかな。
中久保:自分だったらもらえるだけもらいたいから、全然懲りずに働き続けますよ。大儲けじゃないですか。
海老原:君の話はいいから(笑)。
齋藤:それは労働者からしたらありがたいけれど、経営者は困りますよね。人件費が上がり過ぎて経営が成り立たなくなりますから。
海老原:そういうことなんです。この政策を続ければ、高生産性を保ち収益率が高い企業は残りますが、低賃金労働で成り立っている儲けの少ない企業は潰えて行きます。ドライな言い方をすれば、そうして高生産性で高給与な企業が残れば、社会全体で考えると賃金も生産性も上がるということになるでしょう。これが、レーン・メイドナーモデルの概略です。政府は、2030年までに最低時給を1500円まで引き上げることを目標としています。その裏には、「それについて来れない企業は退出し、日本人全体の給与が底上げされる」という目論見が見て取れます。
非効率な企業を淘汰すれば、給与も生産性も上がる
中久保:そんなことしたら、経営に困っている企業やお店はどんどん潰れていくじゃないですか。
海老原:感情的なことは除いて、少し冷静に考えてみよう。君が言う通りだとして、それで何が困るのかな?
中久保:え?企業やお店が潰れたら、そこで働いていた人が職を失い、生活が成り立たないでしょう。
海老原:確かに人口が多くて人手が余っていた時ならそうだろう。でもさ、さっきから言う通り、日本はどうしようもないほどの人手不足が続くわけだよ。しかもそうした人材難は、パートやバイト、即ち「最低賃金」近辺での職域に集中する。つまり、彼・彼女らはまさに金の卵で、引く手あまたな状態だ。
中久保:でも、お店や企業の経営者は困るでしょう。まさか、経営者まで最低賃金で働いていたわけではないから。会社やお店が潰れて、彼らは、現在の給与を維持できるような仕事が見つかりますか?
海老原:そこにもさ、おかしさを感じないかな?バイトやパートを安く使って、経営者が高給貰っているというのがさ。もし経営がカツカツなら、経営者もそれほどもらってないはずだよね。
中久保:でも、一般社員と経営者では仕事の難易度も違うし、その分給与をもらわなきゃおかしいとも言えますよ。
海老原:それは確かに。ただ、経営者の給与は最低賃金とかかわりなく自由に決められる。同様に、家族専従者も「雇用」しているわけではないから、給与は自由。とすると、会社をつぶさないで、家族で事業を維持していけばいい。それ以上に人を安く雇ってその上前をはねる、というのが許されなくなるということだろう。
大手企業の儲けすぎも是正されていく
齋藤:国がそこまで考えているのですか?!中小企業経営者から反対が出そうじゃないですか。
海老原:健全で生産性の高い中小企業は大丈夫でしょうが、そうではないところからはブーイングが起こるでしょうね。だから、こうした話は公にはしていません。ただ、前述のアトキンソンさんがそれに類するようなことを話したり、最低賃金が政府主導でどんどん上がったり、コロナ禍でバラまかれたゼロゼロ融資(担保・利子ゼロ)が激変緩和措置を設けはしたけれどきっちり金利をとって返済義務を負わせたり…と確実に、レーン=メイドナーの方向に動いている気がしています。
齋藤:マクロ的な考え方は正しいのでしょうが、細部で問題は起きませんか?例えば、技術力のある中小企業が、大手系列の中で収益を押えられている場合とか、賃上げに耐えられないと思うのですが。
海老原:そうした場合、その重要な技術を持つ中小企業が倒産してしまったら困るので、景気の良い大手企業は発注単価を上げるでしょうね。そうして、いたずらに大手に収益が集まっていた問題が解決に向かうとも思えます。問題視されていた大手企業の内部留保も減るでしょう。
価格転嫁が進めば産業縮小で人手不足も解消
齋藤:セクター(分野)全体が低生産性で、高生産性の企業がほとんど存在しない場合はどうしますか?日本だと流通/サービス業は、大手も中小も皆、売上収益率が低く、付加価値の割合も小さいじゃないですか。こうした日本人にとってはなくてはならない産業が衰退してしまいますが。
海老原:その場合は、業界全体で一斉値上げをして、売上を稼ぎ、そこから人件費を捻出する、という方向に移るでしょうね。今、賃上げを価格転嫁できないのは、自社だけ賃上げして、自社だけ価格転嫁したら、賃上げせずに価格維持しているライバルに負けてしまうからです。「最低賃金上昇」という一律賃上げであれば、業界全体が給与アップとなるので、我慢比べが起きず、安心して価格転嫁できる、と考えられます。
中久保:それ、Season1でやりました!欧州の「企業横断型」労働組合を通した「一斉賃上げと一斉価格転嫁」のメカニズムと同じですね。
齋藤:でも、ですよ。そうすると例えば、賃上げが価格転嫁され、牛丼一杯1000円なんて、まさに欧州のような世界になってしまうのではありませんか?
海老原:行きつく先はそうでしょうね。
齋藤:そうすると、高すぎて外食する人が減るでしょう。
海老原:確かに。欧州は日本ほど外食しません。
齋藤:それだと、産業全体が萎むでしょう。
海老原:はい。ただ二つのことが言えます。まず、価格が上がり、粗利(売上―原価)が高まっています。なので、売上個数が減っても、総売上金額や売上総利益(粗利の合計)は減っていません。だから、「経済規模」は維持をでき、GDPはむしろ増えるでしょう。
中久保:でも売上が増えたとしても、売れる商品の個数は減るわけですよね。そうしたら、それを売りさばく人員も減る。つまり、雇用機会も減少するのではありませんか?
海老原:おっしゃる通り!結果、労働需要は減少し、ゆえに人手不足が解消されることになる。
中久保:それ、見えざる手による予定調和のようですね。
海老原:そんな言葉、よく知ってるなあ。まさにその通り。
その先にあるのは「欧州型社会」か?
中久保:安倍元首相のころから、最低賃金の大幅アップが続けられましたが、その裏に、そんなスキームがあったんですか。
海老原:これもさ、社会の公平化の一貫なのかもしれないよ。とかく、日本は最低賃金が安く、その最低賃金近辺で働くパート・バイト労働者がたくさんいた。そのおかげで、先進国としては異常なほどに安い外食・サービス・宿泊などを享受できていた。それって、使う側にとって日本は「天国」であり、一方、パート・バイトで働く側からは、「格差社会」と不平不満が上がっていたじゃない。それを今後は、得していた人たちには「価格アップ」という形で負担を増やし、一方、損していた人たちには「給与アップ」という形で還元していくことになるからさ。
齋藤:そうして、高い給与をもらって高い外食・サービス・宿泊にお金を使うという、欧州型社会になっていくわけですね。
海老原:結果、高い外食やサービスを使わなくなり、家で自分でやるようになりますね。そうすると家事が増えるから、独身ではなく結婚して、二人で手分けをするようになる。つまり結婚も増えて、少子化も緩和すると。
中久保:それもSeason1で聞きました。齋藤さんや海老原さんたちは、さんざんレストランで美味いもの食べ、テーマパークで家族団らんし、高級ホテルで優雅に遊んでいたのに、私らの世代は何にもないじゃないですか。子どもも遊び盛り食べ盛りで、これからお金がかかる年代なのに。
齋藤:そうだ、中久保、釣り具と水耕栽培セットをお前にあげよう。これで自給自足へと取り組むのはどうだろう。
海老原:私からはそば打ちセットをあげるよ。ちょっとコツを掴めば、とんでもなく美味いそばが作れるからさ。
中久保:もらえるのは嬉しいですが…。子どもたちには、腕を磨いて漁業か農業かそば屋で生きていくのもありだと、伝えます。


中久保:最低賃金の底上げで、価格転嫁され、雇用機会が減る。そして人手不足が解消されるということは日本も安泰ですね!
齋藤:「見えざる手による予定調和」。中久保が知っていることを海老原さんも関心していたな。
中久保:僕の予定的には今後給与アップの気がしているんですが…。
齋藤:あぁ!釣り具セットと水耕セット、そば打ちセット以外にもほしいのか。うどんコネセットとかかな。
中久保:…。うどん屋もいいですよね…。
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