
年半ばに実施される減税と給付を考える
VOL.2 どこを叩いても、国の財布はもう空っぽ
このコーナーは、『HR AGE』編集長の中久保佑樹(株式会社ヒューマネージ)が、雇用のカリスマ・海老原嗣生氏の胸を借り、世間一般で言われる雇用問題について、何が正しいのかをテーマごとに集中連載で解き明かして行きます(ヒューマネージ代表・齋藤亮三も同席)。節々に人事・雇用に必要な基礎知識を盛り込み、ニュース解説のようにご覧いただけて、かつ経営・人事に必要な“眼”につながる記事を目指しました。多少の脱線はありますが、私自身、このハードな筋トレのような集中連載を通じて、データ、事例、政策、法律…世界や歴史を見渡した本物の知識を身につけていきたいと思います。人事の皆さまにとって、少しでもお役にたてば幸いです。
史上最高の税収。でも中身はお寒い…
齋藤:前回の話の続きですが、国民に広くお金を給付すれば皆が喜ぶというわけではなく、7割近くの人が懐疑的に思っているんですね。結果、内閣支持率は急降下したわけで。
中久保:いや、私は大賛成ですよ。ただ、もっと速く、もっとたくさん。
齋藤:中久保はさておき、国全体の人口も経済も縮小気味な中で、大金を給付する余力もどんどん細っているんじゃないですか。
中久保:そんなことないですって!昨年度の税収は過去最高、それも3年連続で過去最高を更新しているというじゃないですか。今年度もまた更新らしいですよ。これで国民に還元がなきゃ、やってられないですよ。
齋藤:確かに、ここのところ毎年5兆円程度の税収上振れが続いている。それも、所得税・法人税といった景気敏感財源だけでなく、安定性が高い消費税まで増えていて。そんなに好景気とは思えないのに…。
海老原:税収的には好材料がそろったのが今の状況です。コロナ禍で60兆円以上の対策費が投入されたこと。円安により輸出産業のみならず、インバンド関連や海外進出した飲食・アパレルなども業績が好転していること。加えてインフレ。インフレで物価が上がれば消費税は比例して増えます。さらに名目賃金も増えるから、報酬増と累進税性の税率アップで、所得税収はダブルで増えます。
中久保:そんな状況なら、国民に還元するのは当たり前でしょう!なのにちょっと前、財務大臣は「増収分はもう使ってしまい、(減税還元の)原資はもうない」なんて言ってました。こんなの納得いきません。
海老原:じゃあ、一つ聞くよ。これだけ予想外の増収だというけど、今年度、国はどれだけ剰余金が出たと思う?
中久保:3年連続過去最高の税収で、5兆円ずつ歳入が増えているんでしたよね。そりゃ、けっこうな額になるはずで。
海老原:いやいやいや。増収でも、剰余金なんか出ていません。当初の想定では、国は収入不足で、新たに35兆円借金をせねばならなかったのが、増収でその借金が30兆円に減った程度の話。
齋藤:まさに焼け石に水ですね。これじゃ、増収分はすぐ消えてしまうわけだ。
海老原:家計にたとえると、年収750万円の家庭が新たに350万円借金をしている状態です。余裕は全くありません。
「経費削減で国民還元」という甘言には懲りた
中久保:とはいえ、ですよ。要らないところに予算がたくさん付けられているんだろうから、それをカットすれば、お金はまだまだ出てくるんでしょ?
齋藤:そういう話が日本では何十年も叫ばれ続けていますよね、無駄のカット、行政改革、って。大平さんとか土光さんとか、それこそ僕らが高校生の頃から。
海老原:その極めつけが今から15年前の民主党政権の時ですね。
齋藤:事業仕分け!蓮舫議員の「2位じゃダメなんですか!」が懐かしい。
海老原:あれが良い経験だったんです。元々、一般会計予算の100兆円とは別に特別会計の100兆円を加えると都合200兆円あるから、そこから毎年17兆円くらいの余資が捻出できる、というのが民主党の主張でした。政権奪取後、3回にわたって事業仕分けを行いましたが、一時的な資金捻出が合計2兆4000億円、毎年度の予算に反映される種類のものが1兆3000億円程度削減できただけで終わっています。
中久保:それじゃ、200兆円もあった特別会計っていったい何だったんですか。
海老原:民主党が政権を取る直前に、財務省が事前防衛のため「特別会計のはなし」という冊子を出しているんだけど。そこから、おおよその数値で書いておくね。まず、政府は借金を毎年借り換えます。そのために、借り換え用の財布を作らなければならない。その額が約100兆円。でも、これって、入ってきてすぐ出ていくだけ。同様に、政府は国民から集めた年金料や健康保険料と、税金を併せて一つの財布にし、それが、年金や医療費に使われる。その額が約50兆円。これも入ってきて出ていくだけ。最後に、政府は、国の一般会計から地方自治体へと補助金を支給している。これも地方交付税といってやはり入って出ていくだけのもので、その額おおよそ20~30兆円。
齋藤:つまり、200兆円の特別会計といっても、右から左に出ていくものを除くと、残りは20兆円程度になってしまうわけですね。ここから17兆円なんてありえません。
海老原:そうなんです。この時に、僕ら国民は、「政府のどこかに大金が眠ってなどいない」としっかり勉強させてもらいました。だから今回の特別減税も「反対・疑問」が7割にもなったのでしょう。
「公務員削減」などできっこない
中久保:あ、でもですよ、公務員が多すぎるのはどうでしょう。ここで人数を絞れば、それなりに予算が浮くんじゃありませんか。
海老原:それも言われ続けているよね。だから「総定員法」などで行政職職員の人数は絞られ、公的機関の労働がブラック化したとも言われています。ただね、日本は公務員数が他の先進国と比べると、極端に少ないんだ。下の図なども見て欲しいところ。
齋藤:人口比の人数、雇用者に占める割合、給与総額、すべてで「異常なほど」に少ないですね。
海老原:しかも2007年から2019年でさらにその数値を下げています。統計の取り方によって数値は変わるんでしょうが、これほど突出して少ないとなると、どうやっても「余剰」など出て来ないでしょう。
中久保:うーん、それなら、この間、「現在の日本は江戸時代よりも重税だ!」という論調が大手ビジネス誌に書かれ、話題になっていたのはどう思います?
海老原:ああ…「国民所得ベースに、税金と社会保障負担を合わせたものがどれくらいの割合となるかを示すと、46.3%にもなる。江戸時代初期の年貢は『4公6民』と言われてほぼ40%だったからそれよりも高い」ということなんだろうけど、突っ込みどころは満載過ぎて…。テクニカルな話から言えば、ベースをGDP(国内総生産)にすると負担率は33.5%にまで下がる等という話はひとまず置いておいて。現代であればこうした負担は、様々な「公共サービス」として受け取ることができる。年金ももらえるし、医者も安くいけるし、公立小中学校はタダだしね。江戸時代はそんなのなかったから、単純比較はあまりにも無意味でしょう。
もらう分払うのは当たり前のこと
中久保:海外と比べるとどうなんですか?
海老原:いい質問です。欧州大陸国の国民負担率は、国民所得ベースだと55~70%にもなるのよ。日本とほぼ同じなのがイギリス、日本よりかなり低いのは先進国ではアメリカぐらいのもの。でも、アメリカの場合、負担も少ないけど、公共サービスも薄い。
齋藤:アメリカだと低所得世帯以外は、健康保険も各自で民間保険に入らねばなりませんものね。救急車も高額でちょっと乗ると300$(5万円)と言われています。大学の学費だって地元の州立大でさえ年間2万$(280万円)にもなると。
中久保:あれ?でも表中には「潜在国民負担率」っていう数字もありますね。こっちだと日本、なんと49.9%にもなってるじゃないですか。ほぼ半分、税金と社会保険で取られている!!
海老原:それはね、公共サービスを賄うのに税金では足りないから、赤字国債を発行している分を加味して、そこまで足して負担率を出している。つまり、本来国民はこれだけ払わなければならないのに、それをしていないから、国が借金せざるを得ないとも読み取れる。ドイツやスウェーデンは、しっかり税金で賄い、赤字国債はゼロ。負担率は、日本よりもはるかに高い。その分、大学もほぼ無料だし、年金も拡充している。
齋藤:税金がよくわからない使われ方をしていて、政治にまつわるよくわからないニュースがあって、そんなときにさらに負担が増えると文句を言いたくなるのは当然のこと。でも、高サービス・高負担に振り切っている感のあるスウェーデン等に比べ、日本で効果の薄いバラマキ型の使われ方が増えているのは、表面的な人気取りというか、広く国民に文句を言われないようにしている印象もあって…。国は、必要なところに効果的に使う方法を徹底的に考える、対して我々はしかるべき負担をするという形になればよいのですが。
海老原:Season1でも書いたけど、経済学の世界には「フリーランチはない」と言われています。タダでもらえるものはないということで、中久保も国に頼るのはやめよう(笑)
齋藤:そう。会社も「貢献してくれた人に報いる」が基本姿勢だから、ね。
中久保:…。


中久保:海老原さんにもまた国を頼るのはやめようと言われてしまいました…
齋藤:そうだな。海老原さんがここまでわかりやすく解説してくれているんだから、中久保ももうそろそろわかってきただろう
中久保:我が家の財政事情もひっ迫ですよ…こうなったらもうどこを叩いてもお金は出てこないので、埋蔵金でも見つけに行きます!
齋藤:そうか…行ってらっしゃい…(あきれた表情)
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