1957年(昭和32年)
代々木ゼミナール創立
「新入生745 名」
創立者である高宮行男初代理事長(以下、高宮初代理事長)が1957年(昭和32年)代々木ゼミナールを創立した当時の大学受験生は40万人、大学入学定員は僅かに14万人余りと云われて、浪人生は26万人ともなっていました。
そしてその当時の予備校は何処も彼処も教室は暗く、黒板は見えにくく、雨が降れば雨漏りはするし、夜は星座の鑑賞が出来るような環境でした。しかし、そこに学ぶ生徒の眼は真剣そのものだったのです。
この現実を目の当たりにした高宮初代理事長は「この生徒たちに手を差し伸べて適切な学習環境を提供したい」と使命感のようなnecessity(必要性)を感じ予備校の開校を考えたと話していました。
そして学校法人高宮学園を創立、学校名を代々木ゼミナールとして理事長・校長に就任し、その年の4月に入学した第1期生は745名でした。ここに代々木ゼミナールは産声を上げ、ここから代ゼミ70年の歴史が始まりました。
「教養講座」と「運動会」
高宮初代理事長は、若者たちは受験勉強に漬かるだけではなく、時事問題などにも広く視野を広げてほしいと教養講座を始めました。それは受験科目にはない文学や経済などの講演でした。
代ゼミの英語講師をしていた「なんでも見てやろう」の著者である小田実氏をはじめ、梅原猛氏、野坂昭如氏、遠山啓氏、小松左京氏など幅広く多くの著名人の講座を受験生に聴講させました。時には政治家だった迫水久常氏などから終戦当時の話などもありました。
また、どうしても暗くなりがちな予備校生活を明るく過ごしてもらおうと、運動会やバスハイクなどの学校行事を取り入れました。運動会では入試問題などを解答して競争する競技などユニークなものが多くありました。
そんなところから「代ゼミは予備校のイメージを変えて、新しい予備校の歴史を創った」とまで云われるようになりました。
1977年~1992年
代々木ゼミナール全国に校舎開校
「日日是決戦」
1979年(昭和54年)国公立大学の共通一次学力試験が始まりました。「大学入学共通テスト」の前身とも考えられる全受験生統一の入学試験です。
生徒たちも大変でしたが、教職員も大変な事態になりました。国公立大学を受験する全国の受験生の試験結果を分析して、志望校を確定するための正確なデータをそれも迅速に提供しなければならなくなりました。試験が終わったその夜から受験生に自己採点してもらい、そのデータを集めるため職員は全国に飛んで行きました。回収したデータはコンピュータを駆使して1週間徹夜でその分析を行い、「大学別得点分布表」や「合格判定基準表」を印刷しました。そして出来上がった資料は全国の高校や受験生にいち早く届けて、その結果を「大学入試研究会」として全国各地で分析結果を説明して回りました。
高宮初代理事長は、全国の受験生の情報を得るにはやはり地元に校舎がなければならないと直ちに全国の主要都市に校舎を開校していくことになりました。このことがきっかけで予備校間での競争が激化することになっていきました。マスコミからは盛んに「予備校戦争」とも言われ高宮初代理事長は何かとその標的にされましたが、それは偏に「受験生に正確な情報を届けたい」「受験生の役に立ちたい」ただその一心で行っていたことでした。
そして、学校としては少し違和感がありましたが、営業部を新設して全国マーク模試・全国総合模試などの受付をお願いに全国の書店を回り、全国の高校へは受験販促のため進路指導部の先生を訪問するなど、教職員にとっては益々業務が激化していきました。高宮初代理事長はその先頭に立って何事においても「泣き言を云うな」「日日是決戦」と言って激励していました。東奔西走の辛い時期でもありました。しかし、「ぼくたちの正月は3月だ」と頑張ってきた生徒たちから志望校合格の報告を聞くと一年間の大変さも忘れて、一緒に手を取り合って合格祝賀会を行いました。これが正にこの仕事の醍醐味であり生き甲斐であり、予備校業務の遣り甲斐を感じる一時でした。
1989年(平成元年)
通信衛星授業「サテラインゼミ」開始
「講師の代ゼミ」の授業を受講したい。校舎の無い地方の受験生の声にこたえて高宮初代理事長はサテラインゼミを開講しました。これは代ゼミの授業をタイムリーに高校や地方の塾・予備校で受講出来るシステムです。それは全国どこにいても同じレベルの教育をしたいという高宮初代理事長の長年の想いでもありました。地域による教育の格差を無くしたいとの願いが実現したのです。
そして配信する授業はスタジオで録画する講座ではなく、臨場感あふれるライブ授業でした。高宮初代理事長は「近い将来マルチメディアの時代が来る」「代ゼミと受験生のいる家庭とが直結される」と当時話していましたが、サテラインゼミはその布石でした。そして高宮初代理事長の言葉通りいまそれは現実となっています。
1992年(平成04年)
受験人口がピークを迎える
早稲田大学157,847 /日本大学147,887 /明治大学102,808 /立命館大学100,032 /関西大学 90,650。(1992 年一般入試志願者数ベスト5)
戦後ほぼ一貫して増加し続けてきた受験人口はこの年121万5千人でピークとなった。私立大学の志願者数も増え続けてきた。この年の大学の話題はむしろ、前年出された設置基準大綱化であり、これからの冬の時代をどう独自色を出して生き残るかであった。ところで現在の受験人口はこのピーク時から大幅に減少したが、銘柄大学の志願者数の減少は小幅である。大学間の人気格差が拡大している。
2008年(平成20年)
本部校代ゼミタワー開校
「代ゼミタワー」と「空中庭園」
代々木ゼミナールは創立以来、「ここに集まった若者たちには大きな夢がある。この夢を育て、これを現実へと結びつける。これが代々木ゼミナールのレーゾン・デートル(存在理由) である。」として若者たちと共に歩んできました。その50年間の節目として2008年、代ゼミタワーを建設し4月から新校舎での新学期をスタートさせました。
これは高宮初代理事長が長年望んでいた「適切な学習環境を提供したい」という願いが込められた「学」「住」一体となった理想的な教育環境の校舎になりました。地上26階、地下3階でコンピュータ制御による免震・耐震・制震の安全性と快適性を徹底追究して造られた究極の教育環境です。15階には見晴らしの良いスカイレストラン、16階には空中庭園と「日日是決戦神社」を建立して受験生の憩いの場となっています。
2017年(平成29年)
創立60周年「代ゼミ教育展」開催
「代ゼミ教育展」を開催した2017年は酉年。鶏は古来より新時代を切り開く吉兆のシンボルとされています。また2017年は高宮初代理事長生誕100年という節目の年でもありました。この教育展では「現在(いま)と未来(あす)を結ぶ『親身の指導』」をテーマとして、大学受験の歴史を振り返りつつ、「高大接続・大学入試改革」を見据えた入試情報や受験情報満載の、展示や記念講演などを実施しました。
「親身の指導」
高宮初代理事長の教育理念は「おしむ(愛しむ)」ということでした。「教える」の語源を一つにしていて、それは生徒を愛惜することが教育であり、ここから全ての教育活動をすべきだとの信念を抱いていました。高宮初代理事長は登校してくる生徒たちに元気よく「おはよう」と声を掛けて、教室を回り進路に悩んでいる生徒には自ら進学相談の窓口となって相談にあたっていました。腰にはいつもトレードマークの手拭いを垂らして、ゴミを拾い、トイレの清掃もしていました。およそ理事長らしからぬ親父さんの風貌でしたが、生徒たちにはいつも笑顔を絶やさない人でした。骨肉の至情に勝るものはない…。このことから建学の精神「親身の指導」が生まれたのだと話してくれました。
2027年(令和09年)
代々木ゼミナール創立70周年
「楽しく生きる」「常に前進」
高宮初代理事長がこだわっていたのは、予備校と言えどもただ大学合格のためのテクニックを教えるのではなく、講師も職員も生徒もお互いに教える楽しさ、学ぶ楽しさが大切なのではないかということでした。高宮初代理事長は常々講師にも職員にもそのことを説いていました。「自分は『楽しさ』にこだわっている。『楽しく生きる』ことが信条。」と。そして、いつも孔子の論語の一節を語ってくれました。道を究める過程には三段階あること。まずは「知る」ことが大事であり、その次は「好きになる」こと。そして究極は「楽しむ」ことだと。仕事や学問に置き換えると「知識が増えれば好きになるし、好きになれば楽しくなる。自然とやる気が出てくる」と。仕事も受験勉強も苦しい時もあるが、くよくよしても仕方がないではないか。「ever onward」(常に前進) の原動力で前向きに「楽しく」生きようと説いていました。
高宮初代理事長は大正6年1月26日に生まれ、平成21年6月30日未明に帰幽しました。享年92歳。
神職だった家柄の影響で國學院大学神道学部に学び、伊勢神宮や日枝神社に奉職して、兵役は陸軍大尉で終戦を迎えました。
母校國學院大学の評議員、理事、顧問、院友会会長などを歴任しました。故郷滝川市において國學院女子短期大学の設立に尽力し、その功績により滝川市から功労賞を授与され名誉市民に選ばれました。
平成29年5月26日、代ゼミタワー16階に鳩森八幡神社の分社として建立した「日日是決戦神社」に合祀されました。
クローチェもいっています。「歴史はすべて現代の歴史です。」と、過去も今日只今を基点として見てのものです。未来は無限です。
現在と未来を結ぶ「親身の指導」。代々木ゼミナールの歴史は続きます。



















3.jpg)
色調補正.jpg)
.jpg)
.jpg)
















































